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あねさま人形 #2000字のホラー

私の家には、代々伝わるお人形がある。

人形と言っても、市松人形みたいなアンティークではない。
木綿でできた素朴な人形で、『あねさま』と呼ばれていた。

一般的なあねさま人形とは違い、その特徴は黒い布で作られていることだ。
うちには、この人形のための着物が行李の中に500枚以上はある。
どの着物も、振袖のような綺麗な生地で作られている。
この着物を毎朝着せ替え、帯を締めてやる。
そして、紅筆で丁寧に紅を差してやるのだ。
つるんとした布地の顔に、目鼻を表すパーツは何もない。
顔の口にあたる部分に塗り重ねられた紅は、そこだけ浮き上がって、笑っているようにも見える。

この呪術めいた習慣は、その家の最年少の女の子が7歳になったときに代替わりする。
私は今年で18歳になる。
叔母から受け継いでから11年間、毎日毎朝、この習慣を欠かしたことはない。
学校の合宿や修学旅行の時も、人形と着物と化粧道具を持って行った。
うちは地元で古い家だから、学校も公認だった。

祖母に由来を聞いたことがある。
昔、このあたりで大火があり、遊郭で女性たちが大勢焼け死んだことがあったそうだ。
その店では、彼女たちは逃げないように幽閉同然に扱われており、店の者が先に逃げ出してしまったせいで、取り残されたのだ。

供養のためか、祟りをおそれてか、おそらくその両方のために、この習慣ができたのだろう。

ある日、遠方に嫁いだ祖母の幼馴染がうちに遊びに来た。
彼女が私に話してくれた。
「昔は、この辺りの家はどこも『あねさま』がおったのよ。今じゃぁ、あんたんとこだけになってしまったねぇ」
「『あねさま』って、うちだけじゃなかったの?」
「どこの家にもあったのよ。でも、引っ越したり嫁いだりして、他の家に着物だけ譲っていったりね」
だから、うちにはあんなに大量の着物があったのか。
「今は、あんたがかわいがってくれてるんだってね。ありがとう」
その女性は、私に深々とお辞儀をした。

他の家の『あねさま』が写った古い写真をみつけた。
茶色くなった白黒写真で、3人の女の子たちがお飯事をしている。
それぞれが手に持っているのは『あねさま』だ。

由来が凄惨であるわりに、とくに秘されている習俗ではなかったらしい。

『あねさま』を地域起こしに使えないかという話が出てきたときは、戸惑った。
そういう風に考えたこともなかったし、とくに秘密ではないとはいえ、あまり触れ回るようなことでもない気がした。

両親、祖母、親戚にも相談したが、決定権は私にゆだねると言われた。
まだ18歳の私には重い決断だ。

ある日、東京のテレビ局から取材の申し込みが来た。
私は迷ったが、今後の参考になるかもしれないと思い、受けることにした。

母と一緒に、飛行機で羽田まで飛ぶ。
もちろん『あねさま』も一緒だ。

ところが到着後、置き引きあってしまった。
運の悪いことに、『あねさま』の入ったスーツケースだった。

取材はキャンセルして、私たちは観光する気にもなれず、ホテルにいた。
後悔と心配で、おかしくなりそうだった。
私はその夜、38度の熱を出した。

熱の中で、夢を見た。

一人の黒い老人がいる。
古い農作業向きの服装で、顔立ちは老人だが、しゃんとして姿勢がいい。
幼い頃に亡くなった祖父を思い出した。

「そうしょげるんじゃないよ」
やさしい声だった。
「『おじょうさん』は大丈夫だよ。花の都に来て、ちょっとばかり浮かれているのさ」
「『あねさま』を知ってるの?」
「よく知ってるとも。さあ、だから心配はいらないよ」

目覚めると、まだ早朝だった。

こうしていても仕方がないので、いったん帰ることになった。
『あねさま』を残して帰るのは心苦しかったが、夢で見た老人の言葉を思い出し、気を取り直した。

帰ってから一週間がたつ頃、不思議な男が訪ねてきた。

「すいません、これは、こちらのお宅のお人形ではありませんか?」
男は『あねさま』を持っていた。

『あねさま』は、綺麗な菓子箱に綿布団を敷き詰めて寝かされていた。
着物は着せ替えられ、紅も新しく差したばかりだ。
私のところにいた時と同じように、きちんとお世話されていた。

男は名刺を差し出す。
『古民具 うさぎや』
「私は東京で古物を商っておりまして、こちらが当店に持ち込まれたのですよ」
「盗んだ人が、ですか?」
価値があるとも思えないものを、わざわざ盗んで売るような人がいるとは思えなかった。
「いやいや、私の知り合いの女の子なんですが、スーツケースごと道路わきに捨てられているのを見つけたそうです。本当はすぐ警察に届けるべきなんでしょうが、『この子』がぐずったみたいでしてね。うちは『そういうこと』も扱っていますから、相談に乗ったんです」
ぐずった?
不思議な言い方だが、なぜか腑に落ちた。
「すぐにお持ちしなくて、拾い主を怒らないでください。そういう声が聞こえてしまう子なんです」
「怒ったりしませんよ。その人がお世話してくださったんでしょう?」
男は微笑んで、頷いた。
いい人に拾われてよかった。
『あねさま』がぐずったという話を、その女の子から聞いてみたいと思った。

後に、古い物の声を聴くことのできる人たちを、私は知ることになる。
それはまた別の話だ。

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