見出し画像

ゾンビ、甘いかしょっぱいか #2000字のホラー

川北第一小学校の七不思議のひとつに、夜中の12時、ゾンビが校庭を走り回るというのがある。

5年2組の学級新聞で、その真偽を確かめることになってしまった。

きっかけは、新聞委員の浅野ユナだった。
「音楽室の肖像画の目が光るとか、中庭の銅像が動き出すとか、つまんなくない? やっぱゾンビでしょ」

もう一人の新聞委員である僕、西山タカシは頭を抱えた。
学級新聞の題材に七不思議なんて、定番中の定番だけど。
なんで、よりによってゾンビなんだ。
光る眼だとか、動く銅像なら、コタツ記事でお茶を濁せたのに。

「そもそもゾンビは走らないよ」
無駄な抵抗と知りながら、どうでもいいツッコミをいれる。
「映画では走る奴もいるけど、基本的に動きは鈍い。腐ってるから、走ったらバラバラになるよね」
「そんな理屈、関係なくない? そもそも死体が動いてること自体超常現象なんだから、常識は通用しないよ」
心底、どうでもいい議論だ。

「ゾンビって、元になった人がいるわけだよね。現代の日本で、身元不明の死体なんてそうそうないと思うけど」
「日本の年間の行方不明者は8万人だよ」
ユナは手元のスマホで調べていた。
「これなら、そこらにゾンビが埋まっててもおかしくないね」
怖いこと言うなよ。

「これは、真相を確かめないとね」
ユナのいつもの無茶ぶりに、僕は慌てた。
「待ってよ、夜12時なんて無理だって! 親が許してくれないよ」
「こっそり出てくればいいじゃん」
ユナは平然と言う。
こいつ、普段から夜遊びしてるのか?
こうなると、もう誰にも止められない。
「塾の後なら……10時とかはだめ?」
「あんたね、ゾンビが塾の時間に合わせてくれるわけないでしょ」
相談の結果、明日の夜10時半集合で妥協することになった。
「言っとくけど、あたしたちだけの秘密だからね。とくに大人には絶対言わないでよ」
一方的に厳命された。

「10時半か……授業のあと先生に質問して、コンビニで夜食食べて、自習してたって言えば、怪しまれないかな……」
親への言い訳を考えながら、僕は今日も塾に向かう。

「タカシ、何か困ってんの?」
上の空だった僕を見て、授業後に塾講師のアキラ先生が声をかけてきた。
「なんだよ、恋の悩みか?」
「ち、違うよ!」
僕はつい、ゾンビ調査の件を話してしまった。
「へぇ、今時の七不思議はゾンビなのか」
アキラ先生は、川北第一小の卒業生だ。
「先生の時は違ったの?」
「あんまり覚えてないが、こういうのは時代によって変わるもんだからなぁ。で、タカシはそのユナって子が好きなのか」
「そんなんじゃないって!」
「はは、甘酸っぱいなぁ。俺には彼女もいないってのに」

「遅いぞ、タカシ」
次の日の夜10時半過ぎ、集合場所のバックネットの裏にいたのは、ユナだけではなかった。
クラスの連中半分くらい来ている。
自分は誰にも言うなっていったくせに。
こんなにいるなら、僕は来なくてもよかったんじゃないか?

校庭は真っ暗で、何かがいる気配はない。
「しばらく待ってみよう」
ユナの指示で、みんなは隠れる。
何時に帰れるのかなぁ。
僕はため息をつく。

しばらくたって、
「……何かいる!」
誰かが、小声で言った。

確かに、何かが校庭で蠢いている。
誰かがスマホをかざす。
「あ、バカ!」
ユナが止める間もなく、スマホの光でゾンビがこっちに気づいた。

ゾンビは、猛スピードでこっちに向かってくる。

「は、速っ!」
「バラバラに逃げよう!」

子供たちが散ると、ゾンビは何故かユナのほうに向かっていった。

ユナは足が速いけど、ゾンビはそれ以上だ。

「ユナ!」
助けに向かおうとする僕を、誰かが引き留めた。

ユナは蛇行しながら、一点でジャンプした。
追いかけるゾンビがその地点に来ると、突然、姿が消えた。

「え?」
何が起きたんだ?
みんなは歓声を上げる。
「落とし穴だよ。放課後にみんなで作っておいたんだ!」
なんと、ユナは逃げると見せかけて、ゾンビを落とし穴に誘導していたのだ。
「ゾンビ捕獲作戦、成功ー!」

僕は、おそるおそる穴をのぞき込んだ。
思ったよりも深い。
この高さでは、落ちたら無事では済まないだろう。
しかも、穴の底には、とがった杭が上に向けて立てられていた。

「やりすぎだよ……」
自分が落ちていたらと思うと、ゾッとした。
小学生のテンションは怖い。
その場のノリと悪ふざけで、結果がどうなるか、誰も考えなかったのだ。

僕は呆然とした。
「あ、アキラ先生……」

ゾンビのコスプレをした、アキラ先生だった。
僕の話を聞いて、イタズラ心で脅かしてやろうと思ったのだろう。

ようやく事の重大さに気づいたのか、全員静まり返っていた。

長い沈黙の後、僕たちは動き出す。
誰からともなく、各々スコップを持って、無言で穴を埋め戻しにかかった。

ユナだけのせいじゃない。
アキラ先生に話してしまった僕だって、先生を殺したかったわけじゃない。

七不思議は、時代によって変化していくという。

僕たちは知っている。

川北第一小学校の校庭には、ゾンビが埋まっている。

いいなと思ったら応援しよう!