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天才オーソン・ウェルズ
映画史に必ずでてくる映画「市民ケーン」
1941年の作品です。
この作品を見る前に、映画の移り変わりを知っておくと余計に楽しめると思います。
1895年にフランスのリュミエール兄弟によって世界最初の映画上映がおこなわれました。
カメラに向かって汽車が駅にはいってくるなどの記録映画です。
その後、カットとカットをつなぎあわせる編集技術ができ、やがて動かなかったカメラが移動撮影で動くようになり、そしてスクリーンから声が聞こえるようになり…と、それまでの撮影技術を集結させた映画が「市民ケーン」です。
映画の歴史からみていくと、この映画がなぜ映画史を代表する映画かがわかります。
新聞王ケーンが亡くなる前に残した謎の言葉を探っていくストーリーと並行して、ケーンの生涯が描かれていきます。
この作品でオーソン・ウェルズは製作、脚本、監督、主演をこなしているのです。
この時オーソン・ウェルズ25歳です。
10代の頃からシェイクスピア作品を時代設定だけかえて上演したりと、同時代の演劇人の憧れのまとであったオーソン・ウェルズ。
その話題性、カリスマ性を買われハリウッドに招かれ「市民ケーン」でデビューを果たします。
「ハリウッドは巨大なおもちゃ箱」とは彼の有名な言葉です。
しかし「市民ケーン」以後、上層部とのトラブルや、資金調達が困難になったりなど、おもったような作品づくりが出来ませんでした。
あまりにも剃れる刃は扱いにくい。
ハリウッドは彼の扱い方を最後までわからなかったのかもしれませんね。
ヒグマのような大きな体に一度聴いたら耳から離れない重低音な声。惹きつけてやまない巨人。
まちがいなく演劇、映画の世界においての天才です。