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「すぐに作家になれる人」と「ぜんぜん作家になれない人」の3つの違い

私にはYくんという純文学作家志望の友人がいます。
彼は20年前に仕事を辞め、作家になると宣言。

それ以来、アルバイトで生計を立てながら作品を作り
コンテストに応募する毎日を送っています。
でもなかなか芽が出ない。

そんな彼は息抜きで「Y通信」という近況を伝える瓦版新聞を発行。
一部の知り合いに無料で配布を始めました。

実はこの新聞がめちゃくちゃ面白い。

50歳過ぎたおじさんのトホホな毎日を綴った内容なのですが
おじさんあるあるのエピソードとそれに対しての独自の視点があり
燃え殻さん級のエッセイの才能を感じさせるものなんです。

そんな才能溢れる彼でも作家になることはまだ出来ていません。

一方、学生時代の国語は2。才能のかけらもない私は
ビジネス書作家として15年のキャリアを積み
2024年の春には10冊目の書籍を出そうとしています。

この違いはなんなのでしょうか?

そこで今回は
「すぐに作家になれる人」と「ぜんぜん作家になれない人」の3つの違い
についてお話ししたいと思います。

■「すぐに作家になれる人」と「ぜんぜん作家になれない人」の違い①賞レースにこだわらない


作家デビューというと、何かのコンテストで優勝してから行うものというイメージがありますが、必ずしも賞レースに勝利する必要はありません。

むしろ賞レースは超厳しい難関のため
こだわり過ぎると逆に作家デビューが遅れてしまいます。

魚釣りの池をイメージしてください。

たしかに大きな魚が池に1匹いますが
その池にはライバルとなる釣り人が100人います。

だからこそ顔を上げ、他にも池がないかを探してみましょう。

すると先ほどの池より魚は小さいですがたくさんいて
しかもライバルがぜんぜんいない池に気づくことができます。

作家も同じです。
作家になる方法は賞レースがすべてではありません。


賞レースにこだわり過ぎると
時間だけが経過して肝心のデビューが遅れてしまいます。

■「すぐに作家になれる人」と「ぜんぜん作家になれない人」の違い②自分に合っている分野から入る


冒頭でお話ししたYくんは「純文学をやりたい」と言いました。
でもどう考えてもトホホな毎日を表現するエッセイの方が面白い。
そこで「まずはエッセイでデビューしては?」と提案したことがありました。

でも彼は純文学以外はやりたくないの一点張り。
結果、20年のコンテスト生活を現在も続けています。

人生はドライブに似ていると思います。
ゴールにたどりつくには、高速道路もありますが、一般道もある。
また海や山など自分の好きな道を経由してたどり着くこともできます。

Yくんで言えば純文学作家というゴールを変える必要はありません。

そうではなく自分に合ったエッセイという入り口から作家に仲間入りし
その後、知り合った編集者をたどって純文学に進めばよい。

芸能人の作家デビューなどは、この路線と同じですよね。

自分の信じた道を行くことは素晴らしいですが
人生には他の道から行くという選択もあるのです。

■「すぐに作家になれる人」と「ぜんぜん作家になれない人」の違い③今日できることから始める


「ものごとをスタートさせる方法は、話すことを止めて、とにかく手を動かすことだ」とウォルト・ディズニーは言いました。

多くの人は夢を語りますが、実際に手を動かす人は本当に少ない。
しかもすぐに手を動かす人に限れば、1,000人に3人くらいでしょうか。

作家は「センミツ」と言われ
1,000人の希望者のうち、実際には3人しかなれない世界だそうです。

でもこの3人が必ずしも才能に溢れた人とは私は思いません。

実際に作家になる人は、才能やチャンスがなくても
まず今日からできることを始めた人です。

新しい行動をすれば、新しい結果が出ます。
そのトライ&エラーがとんでもない場所にあなたがたどり着く唯一の方法だと私は思います。

■まとめ


「すぐに作家になれる人」と「ぜんぜん作家になれない人」には
明確な違いがあります。

それを一言に集約すると「フットワークの軽さ」です。

あれこれできない言い訳をせずに
フットワーク軽く動きまくって、書きまくってください。

読者はあなたの原稿を待っています。
真の作家ならそんな読者を悲しませてはいけません。

あなたは人生の主人公です。
ぜひ主人公らしく、今すぐ冒険をはじめてください。

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後田良輔(うしろだりょうすけ)|ビジネス書作家
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