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【#4マレーシア】ちがうということ
シンガポールのブギス・ストリートにあるバスターミナルでは、何人かすでにバスを待っていた。午前中に出発して昼ごろに着く便だった。バスが乗り場に到着すると、ネット予約のチケット控えしかなかったのでカウンターに行って「乗車チケットをくれないか」と言った。
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カウンターの男性は、チケットとして「5A」と座席番号が書かれた走り書きのメモを渡してきた。「これチケットなのか」と驚いたが、シンガポール人にもこれくらいのいい加減さがあるんだなと好感をもてた。
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さて日本からタイ、タイからシンガポールと国際線を利用してきて出入国検査に時間がかかることは承知していた。
国内線ならチェックインと手荷物検査で搭乗口に行くことができるが、国際線の場合それに出国審査もあるので、余裕をもって最低三時間前には空港に到着していた。入国は入国で審査があるので、それにも時間がかかってくる。
ターミナルを出発してからシンガポール側の国境に着くまですぐだった。出国エリアらしきところでバスが止まる。バスの運転手からのアナウンスがなく、どこなのか何をするのか周りの乗客を見たり、建物から判断せざるを得なかった。
建物に入ると機械がいくつか置かれていて、それにパスポートをかざし顔を認証させるだけで終わった。ほんの数分で通過できた。無人だった。その後再びバスに乗り、シンガポールとマレー半島をつなぐジョホール海峡を渡ってまた止まった。マレーシア側の入国ポイントに到着した。
今度は全ての荷物を持って降りた。中に入ると入国審査官が待っており、簡単な挨拶をした。質問もなくスタンプを押してもらえ、通過できた。廊下を歩き建物から出るとバスがまた迎えに来たので、保安検査は別の建物なんだなと思っていると、バスはそのまま走り続けた。
さすがに10分くらい経って、「ああ、もうマレーシアに入国したんだ」と一人納得したが、飛行機の手間を考えると陸で国境を越える簡単さには驚かされた。これが生まれて初めて陸の国境を越えた瞬間だった。
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かつての港湾都市マラッカ、マレーシアの首都クアラルンプールを経て、マレーシア北西部のペナン島に向かった。ペナン島にはジョージタウンというイギリスの植民地時代に栄えた街がある。
街並みの美しさから世界遺産にも登録されている。クアラルンプールからバスで高速道路を北上して、8時間ほどでペナン島に着いた。
今となってはペナンターミナルというマレーシア本土の船乗り場でバスを降りるべきだったと思うが、当時はわからずペナン島内までバスで行った方が早いと思っていた。
ペナンターミナルからジョージタウン中心部には福岡市と能古島のような距離感でフェリーが定期的に運行している。ただ、ペナン島内のバス降り場では、ジョージタウンまで距離があり、ネットなしの俺にはどのように行けばいいのか分からなかった。
さらに、この日は静かに雨が降っていた。到着後、待っていたかのように土砂降りになった。しかし俺は傘を持っていなかった。外国人は多少の雨では傘をささずフードをかぶって済ませるというブロガーの意見を参考にして持ってきていなかったのだった。
雨の中、付近のバス乗り場からジョージタウン行きのバスがないか、時刻表を見て回る。散々歩いた結果、もうこれはタクシーを使おうと決意して運転手と話していると、吹っかけられた。
バスを待っていても、埒が明かないと思っていたこともあり、「仕方ない払おう」と思っていると、最初に降り立ったバスターミナルにバスが止まり、ジョージタウンまで行くというので助かった。タクシーは1,000円、バスは60円だった。
ジョージタウン旧市街に着くと、天候のせいか頭痛があったので少し休んでから、街歩きをはじめた。ジョージタウンは素晴らしい街だった。シンガポールと同じく、多くの宗教や民族が街を構成していた。最初に歩いたのはイギリス風の白亜の建物が並ぶ通りで、イギリス東インド会社時代の拠点だったシティ・ホールや要塞があった。
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また、シンガポールと同じくリトル・インディアがあり、ヒンドゥー教寺院もあった。中国寺院の観音寺やカピタン・クリン・モスクもあり、セント・ジョージ教会もある。
ヒンドゥー教、中国の宗教、イスラム教、キリスト教の宗教施設が集まっている。その通りをハーモニー・ストリートといった。
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教会だけは信者がいなかったが、中国寺院もヒンドゥー寺院もモスクも人が多くおり、あれほど近くのエリアでそれぞれ信じていることが違うというのが面白かった。
この通りだけでなく、旧市街全体に小規模な中国寺院やモスクが点在しており、街に色合いを添えている。料理店も多く、その看板の文字は英語、マレー語、中国語、タミル語で書かれている。
歩いている人たちも言語と同じく多様さに満ちている。夜にモスクのアザーンを聴きながら、イスラム教徒が熱心に祈っているのを見るのが好きだった。
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ここまで違うと、他人の目を気にすることは少ないのかもしれない。みんな同じだという共通認識があるからこそ、微妙な差異に敏感になるわけだし、そもそも全く信仰もルーツも民族も違うならば、他者の目を気にすることはない。実際、日本人の俺はジョージタウンにいる間、なんでもありだなと思っていた。
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ジョージタウンではいろんな人がいた。上半身裸でバスを待つ人がいたし、ショッピングモール前の小道で焚き火をして鶏肉を焼く人がいたり、個人経営の店主なのに暇そうにスマホをいじる人もいた。
昼間から路上で寝る者だっていた。バスの前方だけ音楽がかかっていると思ったら、運転手が自分用にかけていて、曲をハミングしながら運転していた。
ジョージタウンからの帰りのバスでは、斜め後ろの老人が突然歌い出した。周りが振り向くほどの歌声の大きさで、しかも途中からなぜか声は大きくなった。
中華系、インドのタミル系、マレー系では見た目が違うし、行動だって違ってていいという事実は、俺を安心させた。
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日本人として感じてきたプレッシャーをこのジョージタウンでは全く感じず、自由だなと思った。ここではどんな奇抜なファッションでも、髪型でも、試みであっても目立たないだろうなという気がする。
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シンガポール、マラッカ、ジョージタウンとイギリスの海峡植民地と呼ばれる土地を渡り歩いてきた。マラッカは詳しく書いてないが、ジョージタウンと同じようにヒンドゥー教寺院、モスク、中国寺院が同じ道路に連なる通りがあった。
ニューヨークは様々なバックグラウンドを持つ人たちが生活しているという話を聞いたことがあったが、こういう感じなんだろうな。
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文章や動画、画像では伝えられない感覚というものがあると思う。ジョージタウンで感じたことは、こんな多民族、多宗教でも共存しているのだ、という調べればわかるようなシンプルな事実だ。
しかし、肌の色、話す言葉、民族、宗教が違う社会というのがここまで愉快とは思わなかった。知っているようで、知らなかった。
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マレーシアというとイスラム教の国で、少し貧しいのかなというイメージしかなかった。行ってみると、モスクはさほど多くなく、女性がヒジャブを着けている以外はイスラム教といっても分からないほどだ。
そのヒジャブも皆、スーツでいうネクタイのようにアクセントになっており、洗練されていて表現力があった。国民の多くは英語が話せるし、クアラルンプールは大都会で、想像以上に発展していて驚いた。
マラッカやジョージタウンで感じた多民族性もあって、マレーシアはとても魅力的な国だと思うようになった頃、俺はインドに向かった。
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