見出し画像

好きな短編3作品について語ります  その①の②

 いつもお世話になっております、書店員のR.S.です。みなさんは美しい文章とミステリというふたつの言葉を聞いて、どの作家を頭に思い浮かべますか。(敬称略になりますので悪しからず)北村薫、奥泉光、浅倉卓弥、久世光彦……色々な名前が挙がるとは思いますが、おそらく今回紹介する短編小説を書いた連城三紀彦の名前を挙げる人はかなり多いのではないでしょうか。

 二作目は、そんな連城三紀彦の代表作『戻り川心中』に収録された一篇、

 ②連城三紀彦「桔梗の宿」(光文社文庫『戻り川心中』所収)※所収元の作品集は再読に利用したものを書いています。

 昭和三年の九月末、下町で名の通った「六軒端」という遊興町の裏露地で見つかった死骸。その手にあったのは、一輪の桔梗の花。刑事になって初めて事件を担当した〈私〉は訪れた梢風館という小さな娼家で幼さを隠しきれない少女と出会う。

《(前略)腐臭に塗り籠められたこの部屋での唯一の慰みに丹念に育てたのだろう、五、六個の鉢に数えきれない花が開いている。それは、この部屋で幼いまま朽ちようとしている一人の娘の魂を代弁するかのように、風にそよぐこともなく、濁った空気を近づけることもなく、雨露を光のように放って、ただ白く咲き乱れていたのだった。》これは作中のある部分を抜粋したものですが、この文章を読んで多少なりとも惹かれるものを感じた方には、ぜひ読んでいただきたい。後悔はしないと思いますよ!

 もうすこし過剰に書けばイヤミスやホラーになりかねない物語を、流麗な文章と優しい眼差しが美しい悲恋に繋ぎ止めている。そんな印象を受ける、とても哀しい物語です。〈何故、そんな行動を取ったのか〉明かされる真意に驚くとともに、胸が締め付けられる恋愛ミステリです。恋愛とミステリ、その両面において素晴らしく、「恋愛はちょっと……」というミステリ好きにも、「普段ミステリは読まなくて……」という恋愛小説好きにも自信を持っておすすめできる作品です。

 語り手の〈私〉は薄い髪の分厚い丸眼鏡を掛けた二十五歳の青年刑事であり、感傷的で自己評価がとても低い。ハードボイルド風な刑事でもなければ、奇矯な振る舞いをする天才型の探偵という雰囲気もなく、現代でも馴染みやすいキャラクターだと思います。気軽な文章ではなく、雰囲気も仄暗いですが、親しみやすさがあります。

 ミステリという枠組みの中で育まれた愛、ミステリでしか描けない恋愛。琴線に触れる小説のお手本って、こういう作品のことを言うんじゃないか、と思うような作品です。

 連城作品はそんなに数を読めているわけではないのですが、本作を収録した『戻り川心中』や大正時代が舞台の中心になっている『宵待草夜情』などが個人的な短編集のオススメで、長編では『白光』や『人間動物園』といった作品が印象に残っています。こちらもおすすめです。ぜひご一読を!