新鋭が見据える、人間、そして未来像 ソメイヨシノ『明日のないぼくらは』(講園社)【※ネタバレ有】


本作は明治時代を舞台に、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を探偵役に据えた連作短編ミステリ集『雪女の恋敵』で一昨年デビューしたソメイヨシノの三作目に当たる著作で、過去の二作が短篇集だったソメイにとっては、初の長編作品になります。初めてなのはそれだけではなく、これまで二つの短篇集でソメイは過去の時代に材を取ってきましたが、本作では未来――厳密に言えば作中ではっきりと明かされているわけではない――に焦点を当てた……つまり初のSF作品でもあるのです。


※今回はネタバレ込みのレビューになります。未読の方はご注意ください。


筆者が書店で初めて前述したソメイのデビュー作『雪女の恋敵』を知った時の印象は、今も鮮明に残っています。真夏の仕事帰り、閉店間際の夜の書店で見掛けた一冊のハードカバーに記されたタイトルとペンネームを見ながら、こんな暑い夏に、春の桜のような名前の作者が書いた冬の似合いそうなタイトルの本と出会うなんて、という風にやけに記憶に残って、一目惚れのように手に取り、レジに持って行ったのです。

……と、これは個人的な話に過ぎないのですが、それは抜きにしても、内容自体も豊かな知識と静謐な文章、そして切れ味の鋭い結末とその余韻がとても印象に残る時代ミステリで、偶然の出会いが素晴らしいものだった時ほど嬉しい読書体験はありません。

そして『明日のないぼくらは』の話に戻ります。本作の舞台が作中ではっきりと明かされることはありませんが、おそらく近未来の日本が舞台となっている、と言って間違いはないでしょう。そこに生きるすべての人間は国によって点数が定められ、40点以下になった人間は〈赤点〉の烙印とともにその世界から排除されてしまいます(はっきりと言ってしまえば、殺される、ということです)。

人々はその点数に怯えながら日々を暮らしているわけです。何で判断しているか、というと、詳細で赤裸々な自身の記録を日記のように付けることが義務化されていて、定期診断の日にそれを国に提出することで点数が変動していくわけです。善行や悪行の数などを中心にして点数を決めるわけですが、良いことばかりしていれば安心か、と言えば、そんなわけはないですよね。良いこと悪いこと、なんて他者が気軽に判断できるわけがありません。なのにこの世界はそれが絶対的なものとして成り立っている。だから怖いのです。

リアルな未来描写に重点を置くというよりは、そこに生きる個々の人間関係のあれこれに作者の興味は向いているように思います。正直に言えば、描かれる世界は荒っぽいですが、登場人物の感情の揺れ、やり取りの魅力など、その荒唐無稽さに妙なリアルを感じたりもする不思議な魅力を持つ作品です。

唯一点数を定められないのは点数を付ける側(国家側の人間は、誰もが悪いと思うようなことをしたって、誰からも咎められない世界……怖い話だ……)で、多くの学校では善行を上げるために他者の悪行の密告が横行していました。語り手でもある高校生の直太郎はつねに〈赤点〉すれすれの〈劣等生〉であり、点数を稼ぎたい気持ちはあるものの、その風潮には乗れないものを感じていて、この直太郎がある老人と出会って変化していく姿が物語の軸になっています。

その老人はかつて体制側の人間でありながら、機密情報を奪って逃げるように消息を絶っていた人物であり、偶然出会って交流を深めていくうちに直太郎はその事実を知って選択を迫られます。

密告するか、しないか。

最後の決断はおそらくかなり賛否が分かれるものだと思います。そう言ってしまえば、これを読んでいるひとは、どういう決断を取ったのか容易に想像が付いてしまうでしょう。

確かに、その行動はそれまで作者が明らかなメッセージとして伝わってきていたものとは正反対のもの……というより、読者がこうならないで欲しいと願っていた行動なわけです。すごくチープな表現ですが、どこまでも人間くさい物語をだな、と感じました。

物語を締めくくる最後の一文、
笑みを浮かべる直太郎の表情に、
自分はこうならない、と言えるだろうか、と自身を省みてしまう読者は多いのではないでしょうか。

どこまでも怖い物語です……。

ソメイヨシノは『雪女の恋敵』所収の「私の愛した日本」で講園社時代小説大賞短編部門の佳作となりデビュー。

二作目は、今も昔も大人気の新撰組、をテーマにした短篇集でした。こちらは一篇ずつ、近藤勇と土方歳三、沖田総司と芹沢鴨、伊東甲子太郎と藤堂平助……、のようにふたりの隊士の人間関係に焦点を当てた作品集(これも素晴らしい内容です!)で、幻想小説やホラーの要素を混ぜた収録作もありはしたものの、当分は、時代小説の枠組み自体からは離れずにいくのではないか、と思っていました。

勝手な私の想像は大きく外れ、ソメイヨシノの新作との再会は、予想外の驚きを持って、また私に嬉しい読書体験を提供してくれました。ソメイが見据える自らの作家としての未来像……そのヴィジョンはきっと私たちが想像しているよりもずっと広く、これからも何度も驚かされそうで、楽しみだ。



久し振りに書いてしまった……(約一年ぶり)

信じないでね~。