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この広い宇宙できみとは出会いたくなかった #1200文字のスペースオペラ

 

 きみのいない夜、おれは死んだはずだった。冷たい夜気が肌を刺す公園で。フードを被った顔もはっきりとしない男の持っていたナイフがおれの腹部を突き立てていると気付いたのは、激痛のすこし後だった。恋人に振られ、わけも分からない男に刺されて、誰にも気付かれない夜の公園でのたうちまわりながら、おれはひとり寂しく死んでいく、

 ……はずだった。

 なのに、何故、おれは生きている。いやあの日までのおれはもしかしたら死んだのかもしれない。今おれがいるこの場所はおれの知っている〈世界〉でもなければ、おれの住んでいた〈日本〉でもなかった。肉体も心もおれのままだが、まるでおれじゃないような浮遊感が最初はあった。

 この世界が似て非なることは一目瞭然だった。この世界に覚醒して最初に見た相手がAIの医者で、明らかに不思議な光景だったからだ。「きみは暴漢に刺されていたところを救急車で運ばれてきたんだよ。覚えてる?」AIの医者が発する機械音はどこか優しかった。

 この世界でおれを知る者は誰もいなくなっていた。地形は以前と変わりないのに、知り合いの家は更地になっていたりと……、

 おれは新たな世界で完全なる孤独を味わっていた。

 そんな世界でおれの目を惹いたのは、まるで『銀河鉄道の夜』や『銀河鉄道999』を思い出させるような、宇宙を駆け巡る一本の列車。おれは釘付けになった。この世界は気軽に宇宙へと行けるが、一度行くと気軽には帰って来られないらしい。幼い頃からの宇宙少年としては行きたい気持ちが勝った!

 おれは孤独になった世界でひそやかながら生きる意味を見つけ、働きだした。そこでの新たな人間関係も楽しかったけれど、おれは運賃分ぎりぎりのお金を貯めた時点で、仕事を辞めた。

 夢の銀河鉄道の乗客は思いの外、すくなかった。

 出発間近、駆け込むようにひとりの女性が列車に入ってきた。

 それはかつての恋人だった。いや似て非なる別人なのだ、と驚きながらも自分に言い聞かせているおれと目が合った彼女は、突然、おれに飛び込むように抱きついた。

「ずっと会いたかった」

「あ、えっと……、ユリ?」おれがかつての〈恋人〉の名を呟くと、ばっと彼女が身体を離し、「何言ってるの、リユウだよ、私」と彼女がかなしそうに、そしておれではない別の名前をつぶやく。

 おれが慌てて誤解だ、と説明すると、彼女は顔を真っ赤にして「ごめんなさい……」と言った。

 そうこうしている内に列車が動き出し、旅は道連れ、とおれたちは隣り合わせて座った。

 おれは彼女を見ながら、本当に似ている、と思った。似ているどころか、違いが見つからない。彼女と目が合う、と、どきどきする。心の奥底から噴き上がるのは恋心と罪悪感だった。

 おれは彼女を通してもう会えないかつての〈恋人〉の面影を見ている。恋、ではないのだ、きっと。

 車窓越しに瞬く星々を見ながら、おれは想いの捨て場所を考えていた。