定点観測?「雪の茅舎・山廃本醸造」7日目風掌編
この時期の風が冷たく感じたら、それはまだ春が生きている証拠かもしれない。いや、生まれたばかりの、或いは未熟児の夏なのかもしれない。
僕は湖を泳いだ。
不思議と中で呼吸ができた。水なのに。水なのに。まわりは。
思えば最初に息を吸ったのも水の中に近かったのかもしれない。
光があって、人の声があって、温かい機械的な雰囲気の場所で。
そんなことを思いながら水の中を泳いでいる。
水に季節が溶け込み始めると、少しだけ水面に色がつく。
そんなふうに話していたのは祖父だった。
祖父と一度だけ行った暖かな湖が懐かしい。
あの頃はまだ僕の背が小さく、湖に浮き輪を持っていった。
祖父が自転車を漕ぐのを見たのはあのときだけだった。
長年使っていそうな趣のある自転車にまたがって僕を乗せ、彼は華奢な足で湖へ向かう。急な坂なんてものともしなかったのに、なんで平地になるとあれ程ふらついていたのだろうか。
怖くて、平地では声も出せなかった。自転車の後ろに乗るのは今でも怖い。
―今日は水草まではっきりと見えるね。
そんな声が聞こえた。きっと彼女は笑っているのだろう。
声の振動が水を切り泳ぐ身体にジン、とひびいたから、きっとこれは春の生き残りなのだろう。根拠のない確信を抱くようになるのが大人なのだと、そういうふりをし始めるものなのだと僕が思うようになったのは果たしていつの頃からだろうか。
それは君に触れてからだよ、なんていう寒いセリフを吐ける年頃はとうに過ぎていった。
―水草が枯れてしまうわ。
彼女にそんな風に言われてしまいそうだった。
僕は息を飲んだ。微かに果物の香りがして、胸が苦しくなった。
そろそろ水から上がってしまおうか。待っているのだろう。彼女も。
浮上までの十秒間、それは生命をかき分けてあるべきでない場所に追いやる作業に等しいような気がして、少し怖くなる。
きっと外は宇宙で、今まで以上に宇宙なのだ。
―早かったのね。
そうとも。夏がくる前に上がっておきたかったんだ。
―ふうん。
まだ春は生きている。
―なんでそんなことが分かるの。
君に触れたことがあるからさ。
遠くを見ていた。彼女は。
何かを見ていた。彼女は、今。
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悪いクセがでた。
真面目な(?)レビューを以下に転載しておやすみなさい。
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