妖眼のフルール・ド・リス 第3襲「朝焼けの中で ――サン・ライズ――」
――――現実世界の思い出が甦る。
誕生日なのに本当のママ、パパには祝って貰えなかった。
けれど夜、おばあちゃんがケーキを買ってきてくれた。
一緒にロウソクの火をありったけの息で消そうとした。でも、なかなか消えずに二人で困っていた。
窓からやさしい風が流れ込む。
その風が全てのロウソクを消してしまった。
当時の私だったら悲しかったけど、今、思えば友達が消してくれたんだと思う。
そんな消えない癒えない嫌な思い出……、だけれど、大切な思い出!
――私は¨眼¨を開けた。
「これでおしまいね――楽しかったわ!」
仮面の女は笑い続ける。
私は【旋風刃】を相手に突き刺すような構えを取る。
「魔術発動ッ! 【旋風の舞】ッ!」
刀の刃を風に馴染ませるよう自然に溶かす。
すると、周囲に8本の風の刃が展開される。
「廻れッ! 風の刃ッ!」
風の刃が紅く燃え盛る消えない炎を消し飛ばそうと廻り始めた。
――ぶつかり合う風の刃と不死鳥の如く燃え盛る。
私は圧倒的な魔力量に押されていた。
風が熱を纏い、返せなかった炎が火の粉となり飛び散っていく。
身体の頭から足先まで熱い。気を許せば、炎に焼き殺されてしまう。
でも、――まだ私は力を出せる……。
出せるはず!
「もっと舞えッ! 【旋風の舞】ッ!」
私は残り僅かな魔力を解放しようと声が枯れるくらいに叫んだ。
――8本の風の刃が64本に。
――64の風の刃が4096本に。
徐々に細かく2乗になるように分裂していく。
――気づかない内に16777216枚まで風の刃は分裂していた。
見えない風の刃が私を轟轟と燃え続ける炎から守ろうと廻転する。
「吹き飛ばせッ……! 私の魔力ッ……!」
目から、口から、あらゆるところから血が出始めていた。
今までにないくらいに魔力を使いすぎてるという自覚はある。
声でも出さなければ痛みも我慢出来ないし、魔力も使い切れない。
それでも――ここで死んだら村の仲間たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それに――また会って関わってみたい仲間たちがこんな私にも出来たから……
「だから……!」
全身のありとあらゆる魔力が刃のない刀に集まり、廻り続ける風の刃に流れていく。
「――――ッ!」
仮面の女の顔が歪む。まさか押し返されるだろうとは思わないだろう。
そのまさかを……――――やってやるッ!
「だからっ、死ぬわけにいかない!」
腕から流れ続ける魔力に応じるように風の刃が強くなっていくと、【永炎焔翔鳳】を吹き飛ばそうと廻転力が上がり続ける。
――消えない炎を纏ったフェニックスは風の刃に切り刻まれ、熱風の竜巻となって押し返した。
直撃――仮面の女は何食わぬ顔だが彼女が立っている側の壁が吹き飛ばされるように崩壊していく。
「はぁ……、はぁ……」
竜巻が吹きやむ。
全身がきしむように痛く、呼吸するだけで苦しい。
体温はさっきと変わらずに熱いままだから余計に。
全力を出し尽くした私に魔力も、立つ気力も残っていなかった。
だから、魔力の維持が出来なくなったため旋風刃は刀の刃が戻ると消滅してしまう。
「これで――傷つけたつもり? 私――炎なら効かないのよ」
仮面の女は何食わぬ顔で立っていた。
「でも……、風なら……効いたはず……!」
仮面の女の肌に亀裂が入る。初めてこの女に入れた切り傷だ。
「ふふふふ……ふふふふ……――やるわねっ!」
仮面の女は2刀を持ち直してこちらに向かってくる。
ようやく艶やかな笑顔を引きはがすことができたようだ……。
バリンっと上から窓ガラスが割れる音がする。
「キリエン、待たせた! ってか、痛っ!」
「かっこつけて現れるから……」
ようやく来てくれたかと安心する。
ヴェールが脚を痛そうに隣に立っていた。
「あら……、〈極光の魔女〉が何故、ここに……?――前戦を引退したと聞いたけど……?」
「我はその称号は捨てたはずなのにな……、魔術書!」
ヴェールは魔術書を出現させると仮面の女が焦るように後退りする。
「さて……、貴様はこれから2択を選ぶことになる」
「なにかしら――?」
迅速に両腕の二刀を投げると、魔術書に吸い込まれるように紅く燃えながら消滅していく。
仮面の女は自分に勝ち筋があるかのような表情で口を歪ませながら、私たちを蛇のように睨みつける。
「一つは、我に大人しく捉えられるか……、二つは、我に無理やり捉えられるか……」
「私は選べないし、選ばないわ! 何故なら――」
仮面の女は艶やかな両手の手のひらを音が鳴るように思いっきり合わせると、仮面の覗き穴が紅く漏れるように光輝く。
食堂に鳴り響く手の平の音は震わせた空気を破壊して、仮面の女は黒い瘴気に包まれた。
「貴女たちの――負け!」
「極光虚無魔術――【無「光」】!」
辺りが虹のような明るく眩しい光に包まれるも、ドス黒い瘴気は徐々に徐々に大きくなり、やがて仮面の女共々消滅してしまった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
気持ちのいい太陽の明るい光を感じ取り、瞼を開ける。
明るい朝――窓の向こう側の世界で小鳥が復唱するようにさえずり、木には綺麗な淡い桃色の葉っぱがついていた。
「桜……、異世界なのに……」
ふと、意識がはっきりする――昨日は仮面の女と激しく戦った。私のありったけの魔力を使ってしまい、意識を失ってしまったはずだ。ヴェールが上から降ってきたところまで憶えているが、それ以降は……、
「キリエン、起きてる~?」
ガチャリとドアが開くと、ヴェールが部屋に入って近くの椅子に座った。
私はふと、思い出す。
「〈ニヤの尻尾〉を守れなかった……」
昨日は、散々な日で守りたい命を守れなかった。
手のひらをじっと見ても、ギュッと強く握ってみても答えは出てこない――考えれば考えるほど今までにないくらいに天井を見てしまっていた。
考えても考えても出てこない答え――キリエはなんのために戦ったんだ?
私が持つこの力はムシャノ村の復讐を果たすためでもあるし、力を持てない人間を守るための力……。
でも――目の前に仮面の女が現れ、もしかすると義姉かもしれないと思うと、心が自由に動かなかった。
自分の力で人を守れなかった。
「何をいまさら……」
部屋の椅子に座りながらヴェールは私のことを見つめる。
「どうせ、我たちが間に合ったところで〈ニヤの尻尾〉にいた人たちは死んでいた」
「…………」
「それでも、我たちの思い出を……、場所を……仮面野郎から一矢報いるために戦ってくれた。そこに意味はあるんじゃないか?」
「私は仮面の女を傷つけただけだ……」
「それでも、なにもしないよりもましじゃ」
「罪もなく死んでった人間は――」
「――少なくとも、例えば、我がなにもできずに殺されて、やり返してくれたならありがとうと言う」
小さな幼女は身体を抱いて頭を撫でてくる。
あんなに普段、無茶苦茶に〈デイ・ブレイク〉のみんなに命令する見た目幼女な彼女がやさしく私を包み込むように……。
「撫でるのやめてもらえないか?」
「誰に対しても撫でられるのが幼女の特権だぞ! だから、落ち込むな! ――一番、頑張ったキリエンが落ち込んでいると我も悲しい」
暖かい――この一言ですむような暖かさが手のひらの温もりにあった。
ヴェールも似てる――悪びれないようなドヤ顔をしながら撫でているのだが、小さくて可愛い手のひらは私のおばあちゃんに負けないほどじんわりとした暖かさがある。
「だから、いつまでもうつむいていないで前を向く! 次の仕事、ゼネから依頼されているから明日、元気になったらキリエンも行ってくれ!」
宝石のようなキラキラとした笑顔で私に微笑むと、そっと離れていく。
「調理師の娘がいる――一年前、おやっさんが笑顔で『娘が俺の後を継いでくれる! 俺が死んだらよろしく頼むぞ!』って笑顔だった。だから、我は娘の様子を見に行こうと思う。3人で追い剝ぎゴブリン討伐頼んだ!」
希望に満ち溢れた声色でそう言うと部屋から出ていってしまった。
いつまでもいつまでも過ぎ去ったことでくじけてられない。
自分の手のひらを開いて、もう一度ギュッと握りしめる。
しばらくしたら、この胸も、地面に落ちた涙も次第に消えていくと思う。
あんなに小さくて綺麗な見た目の最強幼女に励まされたんだ――いつまでもいつまでも嫌な思い出なんかに負けてられない。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
次の日の朝、私は起きるとムシャノ村から貰った大切な着物のような衣服は机の上に綺麗にたたまれていた。
洗濯もしてくれたのだろうか――石鹸の香りがして綺麗な気持ちになっていく。
きっと、みんながヴェールに文句言いながらやってくれたのだろう。
流石、2日も眠れば、身体は元気になるのかすこぶる調子が良かった。
魔力の使い過ぎによる身体のけだるさも激しい動きによる筋肉痛も――全て綺麗さっぱりなくなってしまった。
手に甲を守るためのグローブを通すと、強く握りしめる。
これなら――次、仮面の女が来ても戦える!
次は仮面を引きはがして義姉かどうか確かめてやる!
私は部屋から飛び出すと、依頼に行くのにまだかまだかと待っている仲間の元へ向かった。
次は――次こそ、ちゃんと罪のない人たちを守ってみせる!
/第3襲「朝焼けの中で ――サン・ライズ――」・了