妖眼のフルール・ド・リス 第5襲「夜襲 ――ナイト・レイド――」
満月が出始めた頃、私たちは次の犠牲者が出ないように一本道をひたすら走り続けていた。
「なぁ、いつ着くんだよ! 着く頃には息が切れてまともに戦えねェぞ!」
「もう少しだから、我慢してだれずに走ってくださいませんかっ……!」
空は真っ暗――いつまた、ゴブリンが襲撃してくるか分からない。
そんな中でハイネは先頭に立ち、魔術書を出現させて数m先に飛んでいる¨動く灰¨を探しながら走っている。
アルム曰く、ハイネが飛ばした灰は生物を探知するための灰。
生物が息を吸おうと心臓を動かせば、空気に混ざっている灰も反応して動く。
もし、先にゴブリンが住む村があれば、灰が大きく動き回るわけだ。
動く灰を彼女は暗闇の中で探し見て走っている。
一方、私の隣ではアルムが今でも死にそうな表情で歯を食いしばって走っていた。
「アルム、大丈夫か……?」
「ここまで長距離走るとは思わねェからよ……! 俺、短期決戦型だからきちィ……」
「アル、遅すぎですよ~!」
「まだ酔ってんのかっ! この野郎!」
「酔わないと全力を出せないんです! しょうがないじゃないですか~!」
うふふと笑うハイネに軽口を叩きつけるアルム。
2人を見て、姉妹のようで微笑ましく思う。
私にも妹が……、姉が……、いたらきっと楽しかっただろうに……。
羨ましい。彼女2人が仲良さそうで……。
それはそうと、アルムを見ていると心配になってくる。
「アルム、キリエの水筒を渡すぞ」
腰にしまっていた水筒をアルムに投げると、受け取ってくれた。
「おぉ、マジかよ……! サンキューな!」
「アルはもっと遠慮してください!」
「――いいじゃねェかよ! 優しさって受け取れる時に受け取らないと逃げちまうぜ!」
「キリエさんはいいんれすかっ!? アルに渡したら全部、飲み込まれてしまいますよ!」
「キリエは長期戦闘に慣れている。だから、いいんだ」
「キリエさんはもっと自分のことを大事にしてください!」
ハイネに真剣な眼差しで怒られた。
でも、なんだか久しぶりに私のことを思って怒ってもらえるのが嬉しい気がする。
「ありがとう、ハイネ。自分のこと大事にする」
「本当ですよ! こんな脳みそ単細胞のことなら勝手になんとかなりますから」
「はァ~? 今、ばかって言いやがったなァ~!」
「えぇ、言いましたわよ。言いましたとも。脳みそ単細胞!」
アルムはぐぬぬと唇を噛みしめながらため息を吐く。
「じゃあ、この依頼が終わったらマナ・リアのどっかで食べようぜ! これでキリエの貸しは返す!」
「それぐらいして当然ですね!」
「何言ってんだよ、ハイネの奢りでだぞ」
「はァ!? キリエさんの先輩としてアルが……」
「――そこヲ止まレ!」
門番が私たちに叫んでくる。
まるで、片言のような拙い人の声。
私の¨眼¨を凝らして見ると、人が発する魔力オーラが見えなかった。
ということは――ここは追い剝ぎゴブリンの村!
周りを見渡せば、マナ・リアの輸送貨物馬車が停まっている。
本来ならば商業都市のコマ・リアに行くはず……。
まずい……既に人が追い剥ぎゴブリンの村に入ってしまったのでは……?
「キリエ、先に出る! ハイネ! アルム! 何かあったら頼む!」
私は彼女たちにそう言うと、2人は力強く頷く。
深く息を吐いて……――――よし!
「魔術書! 魔具召喚魔術! 旋風刃!」
走りながら魔術書から瞬時に旋風刃を出現させる。
勢いを落とさずに、身体の魔力を旋風刃に込めて、
「――一気に切り伏せる!」
刀を引き抜く音が村で響き渡ると、上空に綺麗に2粒の陰が綺麗に浮かび上がる。
綺麗で美しいもの――だったらよかったのに、残念ながら人の、いや、よく見ていると人の皮が重力で落ちていき追い剝ぎゴブリンの生首が上空で姿を現した。
ぼとっと生首が地面に落ちる。
「「「キャゃぁあアアアアアアアアアアアアアア!」」」
叫んだほうを見れば、奥で人を待ち構えていただろう村の女ゴブリンたちが一斉に叫びだした。
本来ならば女ゴブリンが容姿端麗な成人女性の皮を身に纏い、男性を誘惑する……はずなのだが、目の前に同族の生首が落ちてきたらそれどころではない。
意識が混乱するはずだ。
周りを見渡すと……いた! 人の魔力オーラ!
――私は走りだす。
女ゴブリンの叫び声でだろうか。
住居からぞくぞくとゴブリンがのそのそと出てき始めた。
美男、美女の皮を被ったゴブリンばかり……恐らくはこの集落にたどり着き、犠牲になった人たちの皮をゴブリンたちが身に纏っている。
彼らも彼女らも生きるために人を殺している。
でも、私たちも――生きたいから!
だから、今日ここで人と共存できないゴブリンを切る!
「食イぃ殺ス」
「邪魔だ!」
私は脚に風の魔力を送ると、勢いで蹴り飛ばす。
「「「ひぃ」」」
蹴り飛ばした先には、3人の男たちがいた。
よく見れば、吞気にご飯を食べ始めようとしている。
私の鼻からすぅ~通り抜けるかのような爽やかな匂いがする
そういえば――この辺にヨーク・ネムレー草が生えて……。
「間に合った……ようだな!」
ぜぇぜぇ……と私の後ろでアルムが呟く。
後ろからアルムとハイネが追いついたようだった。
「ご飯を食べるな! 今すぐに捨てろ!」
私は3人の男性に向かって言う。
3人の男性がこちらに振り向くと、
「強化魔術――【強制変化】!」
聞き覚えがある声が聞こえた刹那、――男たちの机の下から魔法陣が現れて魔術が発動してしまった。
机の近くにいたゴブリンと3人の男たちは熱を帯びたかのように皮膚が赤くなってどろりと溶けていく。
ゴブリンはみるみるうちに爪や牙が成長し、筋肉が増強され、異形の化け物に。
男たちは発動した魔力に耐え切れずに骨となってしまった。
「偶然――にしては出来すぎね」
もう1度、声が聞こえた方へ振り向いた時、一寸先の建物の闇が紅く光り輝く。
「借り物――凄まじい魔力ね」
<ニヤの尻尾>にいた仮面の女が追い剝ぎゴブリンの村にいた。
右手には発動し終わった魔術書のページが塵になって消えている。
「魔具召喚魔術【獅子王の爪】シリーズ! 装甲発動!」
アルムは仮面の女を上から殴り倒そうと宙を舞った。
「ふふっ――炎魔術【炎手・左】」
仮面の女性から紅く燃え上がる左腕の形をした炎が現れると、――アルムの武器と仮面の女の炎が衝突し、火の粉が辺りに飛び散った。
火の粉は追い剝ぎゴブリンたちが住んでいる建物に引火して燃え始める。
「力も無ェ! やる気も無ェ! そんな、気持ちがない魔術、俺に効かねェエ!」
ライオ・ネイルの爪が炎を掻き分けて殴るための道を切り裂いていく。
彼女の目が仮面の女の頭を捉えた時、
「これで充分――あなた、興味無いから」
そう呟いた刹那――私の目の前に仮面の女が現れて永炎刃を振りかざした。
「ふふっ――隙だらけじゃないかしら」
出現させていた旋風刃で鍔迫り合いに持ち込むように構えた時、――私の刀と仮面の女の刀がぶつかり合う魔鉄の音が空の空気を切り裂くように鳴り響く。
ぶつかり合う旋風刃と永炎刃がお互い、溢れ出る魔力を鼓舞するかのように強くなっていく。
やがて、熱風となり、ゴブリンたちが住んでいるだろう建物を吹き飛ばしていった。
「――いつの間に……!?」
「3日ぶりね――キリエ……2人は友達かしら」
刀が擦れる音が耳に聞こえる。
この音、旋風刃が嫌がってるから嫌いだ。
「なんだよッ! 外れかッ!」
アルムが殴った仮面の女は拳が触れた瞬間、炎となり陽炎のように揺らめきながら飛び散る。
あの一瞬で分身を……!?
「よそ見――へこむわよ」
鍔迫り合いの中、女は見ていて憎たらしいような微笑みを見せる。
「行って! 灰魔術【灰の礫】!」
ハイネが灰魔術を発動すると、仮面の女の近くに灰色の石程の塊が展開される。
「ほぉ……――これで囲んだつもりかしら?」
「――行きますよぉ~! 発動!」
ハイネが魔術発動した直後、仮面の女が私を蹴り飛ばそうと右脚を飛ばす。
この距離――腹に飛んでくる。ダメだ、間に合わない!
とっさの判断で腹に魔力を集中させると、
――静寂の空気の中で快音が鳴り響いた。
「……うっ……!」
腹と背中が痛い。
どうやら背後の大木まで飛ばされたらしい。
焼けるような痛みが身体に限界だと伝えてくる。
立たなきゃ……! と思ったら、旋風刃を地面に突き刺して私は立ち上がる。
灰の塊同士がぶつかり合って……前が見えない。
仮面の女はあの一瞬でどこに……?
「当たらなければ――発動した意味もないわね!」
灰の煙の中で紅く怪しく艶やかに光ると、私の目の前に現れて、
「あっ、熱い……! 離せっ……!」
「ふふっ……――やぁ~だわ」
仮面の女の左の手のひらが紅く熱を発するように光っていく。
見れば、炎の魔力が左の手のひらに宿って――私の頭を掴まれてしまった。
火傷する程とても熱く、熱で息ができなくて苦しい。
仮面の女はキリエの頭を力強く掴んだまま、村を超えた闇が広がる森へ――駆け出した。
「さぁ、――一体一で殺りあいましょう!」
/第5襲「夜襲 ――ナイト・レイド――」・了