妖眼のフルール・ド・リス 第4襲「灰に帰れ ――アッシュ・ナッシェ――」
私と、アルム、ハイネはゼネからの依頼を受けてフォレス山のふもとを目指して馬車を走らせていた。
本当はヴェールに転移魔術を使って、問題の場所付近まで転移してほしかった。
しかし2日前、食堂〈ニヤの尻尾〉が全焼し、マスターもお亡くなりになった悲しい事件が起きてしまった。
なので、遠い港町で修行しているマスターの娘のところまで報告しに出かけたそうだ。
それはもう――朝早くに……。
――回想開始――
「――ヴェールはどこにいった!」
階段からゆっくりと下りながらリビングを目指している時、アルムの叫び声が響き渡った。
私はゆっくり扉を開けてリビングに入ると、
「あわわわ……キリエさん! ヴェールさんがどこに行かれたか知っていますか……!?」
ハイネがあわわわと慌ててふためいた様子で、涙目で言う。
横目でダイニングテーブルに『追い剝ぎゴブリン討伐ぐらい3人でやれるじゃろ。場所はフォレス山付近のふもとネ! よろ~!』と書き記された紙がひらひらり置かれている。
放っておくとこの場にいない宝石眼の幼女みたいにどこかへ飛んでしまいそうだった。
私は昨日の記憶を掘り起こす。
そう言えば……、
「確かヴェールは〈ニヤの尻尾〉のマスターに娘がいて、様子を見に行くと言ってた」
アルムがハッとした表情でこっちにくる。
「じゃあ、もう出かけた後ってことかよっ!?」
慧眼色の瞳が怒りに燃えるのを押さえつけて言ってくる。
「多分……」
私がそう言うと、徐々に徐々に目に怒りを灯していく。
「――処す! ヴェールが帰ってきたら絶対に! 処すッ!」
アルムの火山が噴火したかのような声がキリエの耳に怒声が鳴り響く。
このままだと永遠に怒り狂っているだろうから、ハイネと共に落ち着くように止めに入った。
――回想終了――
「肩書きクソデカサボり魔ッ! 帰ったら処すッ!」
アルムの叫び声が馬車の中で鳴り響くと同時に、車輪が石を跳ね上げたかのように大きく揺れる。
「まぁ、落ち着いてください。ヴェールさんも急な用事になってしまいましたし、馬車のお馬さんがビックリして逃げ出しちゃいますよ」
2匹の地図喰い馬がキリエたちが乗る馬車を引いている。
とても賢くてペンで行きたい先を書いた地図を食べさせると、目的地まで10km圏内なら真っ直ぐ行ってくれる。
そんな特殊な馬に馬車で引いてもらって、目的地のフォレス山付近まで向かっていた。
「それにしても、事前連絡っつうものがあるだろ! キリエがいなかったら分からなかったんだぞ!」
「ヴェールさんもキリエさんに話したのだから、安心して出かけたのでしょう! いや、話さなくても出かけると思いますが……」
「そこが問題なんだろ! アイツが帰ってきたら絶対に処してやる!」
ところで――、
「ヴェールのような優秀すぎるマスターがいるのに、なぜ追い剝ぎゴブリン討伐を依頼されたんだ……?」
私はふと、疑問に思ったので質問した。
追い剝ぎゴブリン討伐なんて実力はもちろん、実績がない下級ギルドに依頼されるべき内容だ。
それをヴェールがいる強者勢揃いの〈デイ・ブレイク〉にゼネは頼み込むのか?
「なんでなんだろうな~? せめて、出かける前にあの肩書きクソデカサボり魔が依頼内容を見せてくれたらな~!」
「最近は追い剝ぎゴブリン討伐依頼から行方不明者が続出していて、マナ・リアに届くはずの食物が止まっているそうです」
アルムは首をかしげながら困った表情で答えると、ハイネが待ってましたと言わんばかりの表情でそう答える。
ふと――1つの意見が思い浮かぶ。
「追い剝ぎゴブリンの特性を生かして¨異世界転生教が暗躍している¨。それは考えられないだろうか……?」
――馬車の中が時が止まったかのように沈黙する。
「考えすぎかもしれないが……」
「まさか、俺たちは¨なんでもや¨みたいなところあるし――」
アルムが食い入るように私に言った時、――車輪に石ではない物が当たったかのような音が聞こえ、2頭の馬が自分たちに命の危機が迫るような声を出した。
「襲撃かっ!」
私は急いで馬車の窓から外の景色を見ると、車輪が青空に向かって天高くに飛んで行った。
直後――車輪を失った馬車は地面に叩きつけられるように落下する。
衝撃で尻餅をついたかのような痛みがする。
外の誰かが車輪を狙ったのだろうか?
「痛ってぇ……」
「とにかく……迎撃しましょう!」
「「「魔術書っ!」」」
私たちは魔術書を出現させ、安全を確保しようと車輪が外れた馬車から外に出た。
――真横を横切るように2匹のお馬さんがヒヒーンと叫びながら走り抜けていく。
土埃が舞い、だらしなく舌を出しながら唾液をありとあらゆるところに飛ばしながら走る様子は自分たちが殺されぬように全力で走っていて……なんだか、見ていて可哀想だった。
馬車を見れば、お馬さんを縛っていた縄は切れていた。おそらくは弓の一撃によるものだろう。
「魔具召喚魔術、【旋風刃】」
敵はどこにいるか分からない。
私は至近距離からの襲撃も遠距離からの弓撃も全て打ち払えるように魔術書から旋風刃を召喚し、警戒するように構えた。
「では、探知をはじめましょう……!」
ハイネは落ち着いた表情で呟くと、腰からコルクで蓋をした試験管のようなものを取り出す。
見たところ中には灰色の粒子が入っていて、夕焼けの光が綺麗に赤くガラス照らした
綺麗な灰色の髪を輝かせながら試験管のコルクを外し、手のひらに一掴みぐらい出来る程の量を乗せていく。
「きっと、キリエさんとアルムさんが守ってくれるでしょうし、いざとなったら私が灰にしてしまいます」
そう言いながら灰髪の彼女は綺麗に淑やかに微笑むと、試験官の口を塞ごうとコルクを刺して腰にしまう。
――真正面から矢が飛んでくる。
ハイネを射止めようと一直線に。
しかし、口から出た言葉を守るよう手を前にかざした瞬間、徐々に徐々に矢のスピードが落ちてボロボロに朽ちてしまった。
いともたやすく簡単に灰にしたのだ。
「――始めましょうか」
彼女が真剣な表情に切り替わる――さっきの微笑みはどこへ行ったのやら、灰色の眼は真っ直ぐな眼差しをしていた。
「キリエさん、簡単な風魔術は使えますか? この手のひらの灰を飛ばすだけでいいんです」
「簡単でいいんだな……」
私は魔術書に魔力が行き渡るほどの魔力を込めて、
「風魔術――【風《ウインデ》】」
右腕から魔力を持った風を放出した。
ヒュルヒュルとやさしく撫でるような風が右手の手のひらに乗ってる灰を満遍なく飛ばしていく。
全ての灰を飛ばし終わると、ハイネは手を払い、右足にマウントされた水筒を取り出しキャップを開けると、突然、水分摂取しだした。
ほんのりとアルコールの匂い漂って……――もしかして、水筒に入っていたのはお酒だったのか……?
彼女は一口、また一口とちょっとずつ飲み、蓋を閉めて、右足にまたマウントする。
「さぁ、やりますよ! 灰魔術! 【灰被り】!」
頬をほんのりと赤くしながら、彼女は魔術書に魔力を込める。
落ち着いた声で魔術を発動すると、辺りから灰色に感じ取れる魔力オーラが発生した。
「キリエ、ハイネを守るぞ! あの状態になると無防備だ」
「今……、何をやっているんだ……?」
アルムが私にハイネを守るように言ってくる。
彼女の魔術はどんな効果か気になって聞いてみると、
「人というかよ……生物は心臓は動くだろ? 動けば¨灰¨が反応し、場所が分かる。だから、さっき風で飛ばした灰を使って敵はどこにいるか? 探しているんだ」
よく分かった。
どうやら探知の類らしい。
だから、さっき灰を飛ばしたのかと勝手に私の中で納得した直後、灰色のオーラが強くなる。
「――見えました!」
ハイネはそう呟きながら目を見開くと同時に、胸の心臓をめがけて矢が飛んできた。
灰髪の彼女は両腕を勢いよく突き出して、
「灰魔術 【灰に帰れ!」
濃い灰色のオーラが両腕の中で塊となり、空気に波動が生じるように一筋の破滅の光が放出された。
森林地帯を一直線で通過する灰色の禍々しい光は、放たれている矢だけでなく、触れた木を朽ちさせて灰にしていく。
「ギャァァァァァアアアアアアアア」
断末魔が遠くで鳴り響く――ハイネが発動した灰魔術が矢を撃った本人に直撃したようだった。
朽ちてしまった木の穴から遠くを見るれば、弓を持った狩人は徐々に人の皮膚が灰になっていき、ついに追い剝ぎゴブリンの姿になって苦しみもがいていた。
ハイネの魔術の発動が終わり、灰色のオーラが消えていく。
「強いだろ? ハイネは」
「とてつもなかった」
「いっつも肩書きクソデカサボり魔に泣かされているが、あれでも一番弟子なんだぜ」
「そうなのか……?」
衝撃の事実に驚いた表情を見せたと思う――あの幼女とは扱う魔術の毛色が違っているからだ。
「おそらくはもう追い剝ぎゴブリンの領域でしょう。もし、あの弓使いが村へ追い込むように矢を撃ったと仮設を立てるなら、この道の先に追い剝ぎゴブリンの村が存在する……うっ……」
「――ハっ……、ハイネっ……!」
ハイネがその場でゲロを吐き出す――ついに、アルコールという効果が切れた合図だった。
私は即座に彼女に駆け寄り、背中をさする。
なんだかいつもと変わらないハイネで私は安心した。
/第4襲「灰に帰れ ――アッシュ・ナッシェ――」・了