振袖

想イヲツヅル #70



君のもとへ向かっている

心も身体も

全部が

君に向かっている



君からの″声″を聞いて

それから

何通か言葉を交わした


「やっぱりさ」
「せっかく仲良くなれたからさ」

「あらためて」
「友達になろうよ」

「さよならはなしにしよう」

君はそんな風に言った
言ってくれた


なのに


「ごめん」
「それは無理なんだ」

「こんなに苦しいのは初めてなんだ」

「どうしたって友達にはなれなかった」

「なれなかったんだ」


僕はなぜ
こんな言葉が自分から出ていってしまったのかもわからない

初めて現れた自分の感情に

自分自身が振り回されてることにすら気付けない

どれだけ深呼吸をしても

僕は冷静にはなれなかった


″好きな人″


どんな関係性でも

″好きな人″

には変わらないと思って生きてきた

実際に
友人はずっと大切な友人で
友達で


過去になっていった恋愛も

別れた彼女のことも

嫌いになったわけでもないし

違う関係が許させるなら

また笑顔で彼女とも話せるだろう


今までも
いくつかの″別れ″は経験しているけれど

好きになった人の好きなところは

今でも好きだ


ただ″恋人という関係″では
なくなっただけ

そう思えていたのに



君は

君だけは


もう″友達のフリ″をして

笑顔をつくるのは絶対に無理だと思った

それはあまりにも僕には苦しすぎて

心が潰れてしまうと思った


君を抱きたいとか

そういうことでもなくて

ただ

友達という距離間が

その隙間が

どうしても
どうしてもと

理由を言葉にできないほど辛かった


自分より大きな
重くて冷たい鉄球に潰されて

地面にズシリズシリと
めり込んでいくようだった



完全に壊れてしまったものは

自分が壊れていることもわからなくなるようで

それから僕は
ありえない
あまりにも自分勝手で

支離滅裂なことを言い出すのである


「友達としてはもう会えない」

「今から会いに行くからさ」

「はっきりさせてくれないか」

「さよならになってもいい」

「僕を救ってはくれないか」

「僕の目の前で僕のすべてを否定してくれ」

「苦しくて死にそうなんだ」

「″好き″が苦しいんだ」


そして

僕は君から返事が来る前に

君を探していた


″友達のような時″に君から聞いた
最寄りの駅は覚えている


家の近くの薬局の名前も
覚えている


今まで自分が持っていたもの
道徳も理性も冷静も

全部脱いで

僕は君に向かっていた


君に蔑まれようが

嫌われてしまっても

もう僕は僕を
止めることができなかった



「なんでそんな困らせること言うの?」


そう君から返事が来た時には


すでに
君の家の近くまで来ていて

そのことを話すと

呆れ切ったような顔をした

部屋着姿にコートを羽織った
君が目の前に現れた


堰を切ったように
君への想いが溢れていく

君はずっと困った顔をしている


それから
どれくらい言葉を交わしただろう


深夜の外気のあまりの寒さも手伝って


気が付けば

君の家の中に僕はいた


君はずっと困った顔をしているだけで

僕を否定はしてくれなかった


そして

「あぁーもう!」
「わかったよ」

「会えなくなるのは嫌なんだよねなんか」

「恋愛をすればいいんでしょ?」

「わかったよ」

「わかりました」


と君が言う

僕は予想していない君の言葉に
思考が停止してしまい

「え?」

「わかった?」

「わかったって?」

「なにが?」

「ん?」


そんな僕をみて

ずっと困った顔をしていた君が

やっと笑った


「だからわかったよ」

「わかった」


君は僕に「好き」とは言ってくれない


「わかった」としか言ってくれない


僕はわかりやすい″答え″がほしくて


君にキスをした

すると


″カチッ!″
と音が鳴る


頬を赤らめて
笑いながら君が言う

「ほらね」

「キスの仕方も忘れてる」

「やっぱり歯が当たった」


君と僕は
今まで溜め込んでいた互いの想いを
吹き飛ばすように笑い合った


モノクロだった世界が
色付いていくように



「あっそうそう」

「新曲?」
「べに?」

「いい曲だね」



明日なんかわからないけれど


不器用な僕たちは

不器用なりに心を寄せ合う


「聴いてくれてたの?」
「ありがとう」
「好きになった?」


「好きだよ」
「曲は好き」
「″曲は″好き」


「そこ強調しなくていいから」
「まぁひとまず」
「これからもよろしくね」


「だからわかったって」


″カチッ!″

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