じゃがいも
想イヲツヅル #60
何食分あるのだろう
そして
どこにしまってあったんだろうか
この寸胴鍋
鍋の中には
彼女の得意料理のホワイトシチューがたっぷり入っていて
グツグツと煮込まれている
シチューという湯船では
たくさんのじゃがいもが気持ち良さそうに湯浴みしていて
外では
湯浴み待ちのじゃがいもが
”次は私の番だ”と言わんばかりに
今か今かとダンボール箱の中でおしくらまんじゅうをしている
「あっ、そのじゃがいも?」
「実家から送られてきたの」
「シチューもうすぐできるから」
「晩御飯まだでしょ?」
彼女は不思議そうにダンボール箱を見つめる僕に
″じゃがいもの謎″を解き明かしてみせた
「実家って北海道だよね」
「だからじゃがいもなのか」
「晩御飯はまだだよ」
「お腹空いちゃった」
と
ダンボール箱を横目に彼女に返事をして
「でもこんなに作って食べきれるの?」
と
鍋の中を覗きながら
彼女への質問を付け加えた
この日
僕は仕事帰りに彼女の家に来ていた
換気扇から出てくる
優しくて懐かしい香りに
すっかり心を解して家のドアを開けると
キッチンでシチューの味見をしている彼女がいた
そして
玄関で靴を脱いでいると
大きなダンボール箱が目に入って
中を覗くと大量の謎のじゃがいもが、、
という経緯で″じゃがいもの謎″が生まれたのだった
話は変わるが、、
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彼女は北海道の出身だ
でも
君のように”必死に方言を隠す”という感じではなく
彼女の場合は
”相手にもわかるように話してくれている”
というような具合で
言葉のイントネーションはよく訛るし
″しゃっこい″という方言は
彼女が最初に教えてくれた方言だったりする
※君は訛ることすらしないけれど
今は考えないようにする
それと
僕は母親が東北出身なこともあって
”その手の訛り”はなんとなくだが
自然に受け取ることができるようだ
友人が言うには
都会的で精錬された雰囲気の彼女の”訛り”は意外性があって
グッとくるものがあるらしいが
まぁ
友人の話はここではどうでもいいか 笑
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少し脱線してしまったけれど
話を戻すと、、
この大量のじゃがいもは
北海道の実家からの贈り物
そして
この大量のホワイトシチューは
″彼氏のため″というよりは
忙しい″自分のため″に
ということのようだった
「これからもっと忙しくなりそうだから」
「作り置きしておけば便利でしょ?」
そんな風に彼女は言っていた
11月後半に予定している舞台の稽古も本格的になってきているらしく
仕事との両立はかなり大変そうだが
それでも
彼女はそれが当たり前かのように
天から授かった使命かのように
弱音も吐かず
一生懸命に頑張っている
そんな彼女を
素直に
あらためて尊敬のできる
素敵な人だと思った
ただ
わかっていたことだけれど
自分の携帯を見返すと
彼女からの着信履歴も
僕からの発信履歴も少なくなっているし
ラインも毎日はしなくなっていた
彼女の美味しいホワイトシチューを食べ終えて
2人でソファでまったりしていると
彼女は言うのだ
「前よりもあなたのこと好きになってると思う」
そんなことを言うのだ
「会えない時間も大切なのかもね」
そんなことを言わせてしまっているのだ
胸が苦しくなってしまった
そして
自分の苦しさを紛らわす為に
その場で彼女をできるだけ優しく抱きしめた
でもそれ以上はなにもしなかった
なにもできなかった
なんとなく
でも
決定的に
いろいろとこのままではいけない気がした
苦しくなる理由も察しがついている
だけれど
その解決方法が自分でわからないのだ
わかっていることがあるとすれば
今の僕は
北海道産の最高のじゃがいもではなく
どこ産なのかもわからない
腐ったじゃがいもの入ったシチューのようだった
食べれば食べるほど
お腹を壊してしまう
僕も彼女も
彼女の本当に美味しいシチューをおかわりできなかったのも
「美味しくなかった?」
と彼女に気を遣わせて
少なからず傷付けてしまったことも
知っている
でも
これ以上は食べれなかった
ホワイトシチューにも
彼女にも
″申し訳ない″
という想いが付き纏うんだ