今年の抱負:身の程を"ちょっと"わきまえない。
2020年一発目の平日。
お正月気分を引きずって仕事に身が入らない人もいれば、新しい年のスタートダッシュに燃えて意気揚々としている方もいらっしゃるかと思います。
かくいう僕は、毎日の飲酒が体に蓄積され、もはや「何日酔い」なのか分からなくなっているのですが、今年の抱負を忘れないうちにnoteに書いておこうと思いました。
それは、
身の程を"ちょっと"わきまえない
というものです。
これとは別に、具体的な目標もいくつか立てたのですが、それは個人的なことなので1年後に答え合わせするとして...
ここからは、「身の程をわきまえない。」という抱負をなぜ掲げたのか、その経緯や今年の頑張りたいことを少し書いてみたいと思います。
・新しい年になって、何かを頑張ろう〜と思ってる方
・これまで、「身の程をわきまえすぎていた人」
の背中をほんの1mmでも押せる文章になればいいなと思い、つらつら書いてみます。
身の程をわきまえていた自分
身の程をわきまえる。身の程を知る。
辞書によると、この言葉には「自分の地位や能力をわきまえる。知る。」という意味があるそうです。
つまり、自分のことをちゃんと理解した上で、それに合った行動をしようねってことかなと。
なんというか日本らしい言葉で、お行儀の良い優等生が好んで使いそうな言葉ですよね。
かくいう僕も、特別意識していた訳ではないけど、「身の程をわきまえていた」瞬間がこれまでにたくさんありました。
真面目なものでいうと、
「この仕事やってみたいけど、今の実力だと失敗して周りに迷惑かけそうだな...。やめておくか...。」みたいなこと。
普段の日常的なものでいうと、
「この服、すごい可愛いけど、ちょっと目立ちすぎるかな...。やめておこう。」とか
「このイベント、楽しそうだけどきっとカッコいい人とか可愛い人かしかいないんだろうなー。やめとこうかなー。」みたいなものまで。
たくさんの瞬間で、「自分がこんなことしたら、周りの人はよく思わないかな〜。変に思うかな〜。」という思考をしてしまい、「身の程をわきまえて」、行動を諦めていたことがあったのです。
でも、ちょっと飛び出してみたい。
でも、2020年は、そんな自分を”ちょっとだけ”変えていきたいなーと思います。
「ちょっと派手だけど、こんな服もありかも。」
「ちょっと怖いけど、このイベント参加してみよう。」
「自分みたいな人がいるか分からないけど、このコミュニティに参加してみよう。」
こんな、ちょっとした「身の程知らず」を少しずつ増やしていきたいです。
そうすることで、今までのコンフォートゾーンから少しずつ抜け出して、自分の幅をちょっとずつ広げていける気がしているのです。
一生ずっと、「身の程をわきまえて」いたら、その身の程から変化をすることが出来ない。
だからこそ、出来る範囲で「身の程をわきまえず」、色んなことにチャレンジしていく2020年になったらいいな〜と思うのです。
上品な「身の程知らず」を極めたい。
そして、このテーマを掲げる上で、「周りに自慢するため」・「周りによく見られるため」の「身の程知らず」にならないことには注意したいです。
決して評価軸を他人におかず、「自分がしたいかどうか、自分の人生を豊かにするためにやってみたいかどうか」を自分の頭で考え、その上で独善的にならないような「上品な身の程知らず」になれたらなーと思います。
(とても難しそうだけど...。)
自分の足元がしっかり見えており、やるべきことは堅実にコツコツ出来るけど、ふいに楽しそうなチャンスが転がってきた時には、
ちょっとだけ身の程を忘れて、子供のように無邪気にチャンスに飛び込める。
そんな、上品だけど、おバカな大人になれるような、2020年にしていきます!
皆さんは、2020年をどう生きるでしょうか。
美味しいお酒を飲みながら、一緒に語らえると嬉しいです!ぜひ飲みに行きましょう!