ゾンビのふりをしてみた
夕食をつくっていると、家の中で死んだふりをしてみるという映画があったことをハッと思い出して、ゾンビでやってみようと思いました。
じつは今、韓国のゾンビドラマを見ていて「ゾンビ楽しそうだな。わたしもやりたいな」と思い一度妻の前で演じてみたことがありました。そのとき「うまい!」といわれたのです。
妻はいつも仕事から帰る前に電話を入れるので、まずはその応答をゾンビ化した声で脅します。そして彼女が実際に帰宅すると、台所で倒れていた私がゾンビとして立ち上がっておそうという計画です。
これは楽しみです。想像するだけでわくわくします。
早速19時ころに彼女から帰宅を告げる電話がかかってきました。予定より少し早かったのでアワアワして菜箸と生卵を持ったまま電話に出ます。
彼女は「今、終わった」といつものようにはなしてきます。ここでいつもなら私が「ハイ」と答えますが
今日は少し沈黙のあと「ゼーゼーハーハー、ゼーハーゼーハー」と徐々にボリュームを上げ、ゾンビを演じながら
「ウーハーグハー!!!!!ウー、ヴー」と電話に向かって叫びます。
まあ電話なので、べつに身ぶり手ぶり演じる必要がありませんが迫真の演技あってこそ声色も変わるはず。そう信じてわたしは両手に菜箸と生卵をそれぞれ持ちながら床に倒れつつ叫びます。
「ウー、ヴァー!!ウー!!」
妻はいつもと違う様子にさぞ驚き、そしておののいているでしょう。リアクションが楽しみです。
すると彼女が間を置いたあと、
「え、なに、カオナシ?カオナシなの?カオナシでしょ」って聞いてきます。
いやカオナシじゃない。ゾンビだ。ジブリじゃない。もっとこわいの。こわいやつ。わたしはもう一度より大きく
「ヴァー、ウー、ガー、アー!!!」と床に倒れたまま関節をカクカクさせながらゾンビのごとく叫びます。
するとまたもや彼女が
「え、カオナシでしよ。ウーとかアーとか、あ、やっぱりカオナシだ。似てる!」
違う!ゾンビだ。なんなの。えっ、なんなの。なに、ジブリなの?電話だとカオナシになるの?
わたしはもう一度、最後の雄叫びをあげるべく白目にして
「ウアー、ヴィー!グァー!!!!!!!!!!」と大声で叫びます。
すると彼女から
「とにかくカオナシなのかなんなのかよくわからないけど、今まだ会社にいてスピーカーでぜんぶ音声が外にもれているからね」と冷静な声が。
そういえば彼女は仕事で両手がふさがることが多く、外でもスピーカーフォンやりがちなタイプであることをすっかり忘れていました。
わたしはそれを耳にすると、スッと体を起こし、なでるようにやさしく電話を切りました。
そして台所に戻ると菜箸と生卵を持った両手をしぜんな位置にもどして大きく息を吐きます。そして、どんぶりに乗せるための目玉焼きづくりに専念します。
換気扇をまわして油を落として、生卵をフライパンの上に落とします。火加減もバッチリです。4分かな。OK。
そう、今日は何も起こらなかったんだ。なにも起こらなかった。なにも起きていない。そう念じながら、私はうっすらと固まっていく黄身をただ見つめているのでした。