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日記・『私だけの所有者』×『ミスター』感想 -初読の感覚を音楽が呼び起こす-

 島本理央さんの『私だけの所有者』を読み終えた後にYOASOBIの『ミスター』を聴いた。小説を読む前とは楽曲が全く違って聴こえた。

 もう、物語を知らなかった頃には戻れない。純粋に音楽のリズムに体を揺らしていた感覚は多分もう訪れない。

 歌詞やメロディーが指し示す意味をすべて知ってしまったから、最初に聴いていた『ミスター』とは全然違う『ミスター』になっていた。


 『私だけの所有者』はディストピア小説で、SFの要素を含み、しかしそれでいてその根幹は登場人物の感情の機微を掬い上げ繊細に描く島本理央さんの作品の真髄が貫かれていた。

 楽曲によってたくさんの手かがりを提示されたあとに小説の本編を読み進めるのは特別な感覚だった。映像化した作品を映像を見た後に読むのでもなく、誰かが書いた感想を読んでから小説の本編を読むのともまた違う。

 『ミスター』が『私だけの所有者』を説明しすぎていないのが良かった。『ミスター』は予告編でもなければCMでもないから、読者を執拗に掻き立てる必要がない。

 しかし読後に『ミスター』を聴くと『私だけの所有者』の物語を想起させるには十分過ぎるほどの語彙に溢れていて、説明されていないのに分かってしまう。

 小説を二度読むのとも違う。『ミスター』は初読の感覚を思い出させる。

 『ミスター』はきっと物語を思い出させる鍵の形をしている。鍵は連続性のない凹凸を持っているのに、正しい鍵穴にはかっちり刺さって錠を開ける。

 小説が記憶に鍵穴を作って音楽が鍵となってその錠を開けると、音楽は全く違う印象を持ち始める。どの扉を開けるのかも分からなかった鍵がその物語を開ける特別な鍵になる。

 少しでも鍵の凹凸がズレてしまえば恐らく物語は開かない。職人技の加減によって成り立つ体験だと思う。


 『はじめての』にはあと3作の短編が収録されているが、それぞれの楽曲が発表されるまで読むのはやめておこうと思っている。小説を読む前と読んだ後では楽曲の意味が全然違う。

 次の物語を開ける鍵が鳴り響くまであえて読まない。こんな読書ははじめてだ。





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