大切なのはキレイな心
二月の終わりからそれまで勤務していた病棟から違う疾患を扱う病棟へ移ることとなった。正確に言えば整形外科病棟から脳血管病棟への移籍だ。
それまでが骨折とか脊柱管の神経障害とかの患者さんとリハビリしてたのが、今度からは脳出血とか脳梗塞の患者さんとリハビリをすることになったわけです。
とか、そんな書き方をすると物凄く真逆な世界のように見えるけど、リハビリの世界で整形外科と脳血管というのは二大花形とも言えるような世界で、この二つが出来て一人前、みたいな言われ方をされる部門なんですよ。
とはいえ、急性期病院、いわゆる救急病院の脳血管リハビリなんてものやるのは十四年ぶりくらいなんで、一応は緊張しながらやるんですけど、脳血管疾患のリハビリも基本は脊柱管疾患と一緒で、“落ちてしまった筋出力を上げる”ことなんですよね。
他にもバランスとか色々とあるけど、性格が雑なもんだから、そういうふうに大雑把な捉え方でリハビリしてる方が性に合ってるし、患者さんに説明するのにも分かりやすいもんだから、そういう風に“大まかに問題を捉えながら”リハビリをしてるわけです。
患者さんにしても雑だけど、細かくないから話を聞いて理解できるんで、色々と聞いてくれたりする。なんせリハビリなんてものは初めてする人たちばかりだから、色々と聞かれるわけですよ。それが雑な説明であっても、難しい話よりは解るわけだから。
で、ある日のこと。患者さんに「あの道具なんに使ってんの?」って指さされて見て驚いたのがいわゆるハンディタイプの電気マッサージ機なんですよ。コケシ人形みたいな形をしているコードの付いているヤツですね。
実はそれ、俺もこの病棟に異動してその存在に気づいた時に俺も動揺した器具なんですよね。だってこれ、いわゆるアダルトビデオで男の人がプレイで使う器具と同じヤツなんですよ。
俺も何に使うかわかんないし、こんなものリハビリでどう使うんだ?と思ってるものを患者に説明しなきゃいけない。そういうわけで、マッサージ機の振動が筋に与える効果とか、そんな話をしてお茶を濁したんですけど、後日、それを使うセラピストに聞いたらまさにその通りで、必要以上に力が入りすぎる場所を振動で緩ませて正常な動きをさせるために使ってるらしいことを聞き、苦し紛れの説明をしたわりに間違ってなかったことに多いに安心したものでした。
とはいえ、実際にこのマシンを使って治療してる姿というのはインパクトがある。一度、相談員の男性が患者さんのその後の方向性を確認するためにリハビリスペースに来た時に、ちょうどそのマシンでリハビリが行われている真っ最中だった。
相談員さん真面目に話をしてるんだけど、目が明らかにマシンの治療をチラチラと見てしまっているのを性格の悪い俺が見逃すはずがない。
要件が終わり、帰ろうとする相談員さんの肩に手を回し「〇〇さん、あなた今、よからぬことを考えていたのではないかい?」と問うと「いや、そんなことないです!」と慌てふためいて否定してくる。
いや、いいんだ。何も知らなければそんな慌てたリアクションをすることはないじゃないか。俺だって初めてアレ見た時は衝撃だったんだよ。だから、アレをあんなに平然と使える心の綺麗な人の方がどうかしてて、俺たちの反応の方が正しいんだ。とか、そんな話をして二人で固く握手をしました。
しかし、心の綺麗な人じゃない俺でも、便利な道具があれば試してみたい、というセラピストとしての好奇心もまたあるわけで、ある日、左手の動きの良くないお婆ちゃんに試して見たら、使えるのなんの。肘の曲げ伸ばしが自由自在。あー、これは色々と使えるな、と思いそれ以来、様々な患者さんに使っています。
で、そのうち俺より先にその病棟いるけど振動マシンを使ってなかった(心のキレイじゃない)奴らも興味持ち出して、ちょくちょく使うようになり、自分が使おうとしても他の誰かが使ってる、という場面が出てきた。
そんな時に、ついつい「電マないけど?」とか「バイブどこにある?」とかアダルトグッズとしての呼び名を使ってしまいそうになり、慌てて「マッサージ機」とか言い直したりするんですが、ここまで普及したらもう、電マだろうがバイブだろうが定着してる呼び名で良いじゃねーか、って気もしてくるんだけど、それを上司に話をしたら「いいわけねーだろ」と怒られました。まぁ、そうだよな。
で、リハビリの文献を色々と調べたら“振動刺激で過剰な筋肉の反応を抑制する”といった文献とか治療報告とか結構あるんだけど、どんな道具で振動刺激与えてるのか写真がなかなか無い資料が多いんですよ。
で、数少ない治療風景の写真で使われてるのが、まさに俺らの部署にあるのと同じ、アダルトビデオでもお馴染みのあの電マだったりして、なんだ、やはりアレは治療器として間違ってないしこれからも後ろめたい気持ちなくガンガン使い倒してアダルトグッズというイメージを払拭してやるぜ!なんて決意を新たにしたのでありました。
で、そこで思い出したのが発明は当初現在で使われる用途で作られていないものが、別の用途で使われて普及した、という物が多いということです。
付箋紙は接着剤の失敗作の接着力の弱さを利用した製品だし、ホッチキスはホチキス社がマシンガンの弾丸を接着して棒状にしたアイデアを、文房具の紙止めの針に応用したものです。
ホチキス社の弾丸システムは後に生まれたベルトに弾丸を繋ぐアイデアの前に敗れ姿を消しましたが、文房具の世界では未だに使われ続けています。
さらに蓄音機に至っては、エジソンは十以上の用途を掲げてアピールしたが、音楽の再生はそれに含まれなかった。スピーチの記録や、盲人のための本の朗読、発音学習機器といった用途こそ重要で、音楽の再生なんかに使うべきではない、とエジソンは考えていたようだが、レコード産業やジュークボックスなどの登場により、音楽の再生も蓄音機の用途として認めざるを得なくなったようです。
翻って件のハンディマッサージ機はそもそもマッサージ機器として開発されたものがアダルトグッズとして使用され、間違った使用方法として知名度を博してしまったわけです。開発者とかも子供の前で「お父さんの開発した商品がこんなとこで役立ってる」とか言いにくい状況になってんだろう、と考えると、なおのこと医療現場でマッサージ機使いまくって本来のマッサージ機器の役割をさせてやる必要があるのではないか、とか無駄な情熱を燃やしている今日この頃です。
いや、なんか患者治すのが目的なのかマッサージ機器使うのが目的なのか訳わかんなくなるといけないので、ほどほどにしますけどね。
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