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旧統一教会は参院選で井上義行氏の得票を増やしたのか

言語統計学A 期末リポート

2022/08/09
小宮山亮磨

要旨

 自民党参院議員の井上義行氏は2022年にあった参院選で、前回2019年の選挙より得票を大きく伸ばして当選した。得票がどこでどれだけ増えたのか、全1896市区町村について分析すると、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の施設がおかれている自治体での伸びが大きかった。井上氏は旧統一教会と関係があったとされる故・安倍晋三元首相の元秘書官で、今回の参院選を前に同教会の「賛同会員」になったとされている。同教会が施設を置く自治体で井上氏が得票を増やしたことは、「霊感商法」などをめぐって社会的に問題視されている同教会から、彼に対する具体的な選挙協力があったことを示している可能性がある。

調査の目的

 2022年7月8日に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件をきっかけに、旧統一教会と政治との関係に大きな注目が集まっている。
 旧統一教会は、信者の不安をあおって高額の商品を買わせる、いわゆる「霊感商法」によって信者から多額の金を集める「カルト宗教」として、マスメディアなどから繰り返し問題視されてきた。
 そんななか、一部の政治家は教団から政治活動への支援を受けながら、旧統一教会のイベントに出席したり、祝電を送ったりしてきた。このことが教会に「公的団体としてのお墨付き」を与えてきたと、問題にとりくむ「全国霊感商法対策弁護士連絡会」は指摘している(朝日新聞2022年7月26日朝刊)。安倍氏の家族は祖父である故・岸信介元首相の時代から、旧統一教会と関係を持っていたとされる(古谷経衡「旧統一教会・戦後保守・岸信介…安倍元総理銃撃事件犯人の世界観とは?」 Yahoo!ニュース2022年7月12日)。
 安倍氏を銃撃した容疑者は、母親が旧統一教会に多額の献金をし、生活が苦しくなったことで教団を恨むようになった。容疑者は安倍氏が「教会と(関係が)近いので殺そうと思った」と動機を説明しているという(朝日新聞2022年7月26日朝刊)。
 一部の政治家が選挙への支援を目当てに教団を守ってきたとすると、彼らは自身の利益のために霊感商法の被害を拡大、あるいは放置してきたことになる。
 とはいえ、旧統一教会の協力によって政治家たちが選挙活動で受けてきた恩恵を、具体的に明らかにした研究は、広く知られてはいないようだ。本調査は、この点の定量的な理解に貢献することを目的としている。

調査の対象

 旧統一教会との関わりは、与野党を含めた多くの政治家について指摘されている。
 本調査は、かつて安倍氏の秘書官を務めていた自民党の井上義行参院議員に注目した。井上氏は2022年の参院選を前に、旧統一教会の「賛同会員」になっているためだ(週刊文春2022年7月28日号)。旧統一教会による選挙活動への影響が大きいとすれば、それは井上氏の入会前後を比べた得票の変化に表れていると考えられる。
 井上氏は実際に得票を増やしている。比例区から立候補した前回2019年の参院選では、約8万8千票にとどまって落選。一方で、同じく比例区から出た2022年は、約16万5千票とほぼ倍増させて当選を果たした。
 井上氏は得票増の要因として、「推薦団体や応援団体の増加」「世界平和連合(旧統一教会の友好団体)の企画などYouTube等ネットを通じて国民に呼びかけたこと」を挙げている(週刊文春2022年7月28日号)。ただ、旧統一教会による選挙協力がどれほど影響したのか、具体的なことは明らかにしていない。
 本調査は、旧統一教会(UC)が全国各地の290カ所に設けている「家庭教会」と呼ばれる施設の立地に着目した。UC施設のある地域には多くの信者がいて、井上氏のための選挙活動が熱心におこなわれ、その結果が得票の増加として表れた可能性がある。
 本調査ではこの仮説を検証するため、全1896市区町村において、井上氏のUC入会前後を比べた得票増加数と、UC施設の有無との関係を調べた。UC施設のある市区町村の数は259、ない市区町村の数は1637だった。

結果

 まず、井上氏の各市区町村における得票増加数(2022年参院選の得票から2019年の得票を差し引いた数字)が、その市区町村におけるUC施設の有無と関係があるのかを直感的に理解するため、散布図を描いた(グラフ1)。青い点で示されたUC施設のある市区町村ほど、得票増加数が大きくなる傾向がみられた。
 これは仮説と矛盾しない結果と言える。

グラフ1

 ただ、得票増加数は有権者数の多い市区町村ほど大きくなる傾向も、同時に確認できた。
 これは当然のことと考えられる。有権者の多い自治体では、各候補の人気がわずかに増減しただけでも、得票数が大きく変化するからだ。
 また、旧統一教会は施設を過疎地ではなく、一定以上の人口のある市区町村に設けることが多いと考えるのが自然だ。したがって、UC施設のあるところほど得票増加数が多いように見えるのは疑似相関であって、本質的な原因は有権者数にあるとも解釈できる。
 上記解釈が成り立つかを考えるため、得票数ではなく得票率の変化量について、UC施設の有無による違いを調べた(グラフ2)。どんな規模の市区町村でも、UC施設がある地域で得票率の増え幅が大きい傾向があった。仮説と矛盾がない結果だと考えられる。

グラフ2

 さらに、同様に自治体の人口規模に関係していると見られる別の二つの要素についても、各市区町村における井上氏の得票増との関係を調べた。
 ひとつは旧統一教会とは別の宗教団体「幸福の科学(HS)」だ。HSの施設はUCと同様、人口の多い市区町村に多いと考えられる。「精舎」と「支部精舎」と呼ばれるHS施設は、2022年7月時点で全国に279カ所あり、同290カ所ある旧統一教会の施設数とほぼ同規模だ。
 一方でHSはUCと異なり、井上氏との関連は指摘されていない。またHS創始者の大川隆法氏が党首をつとめる「幸福実現党」は、2022年参院選の比例区に候補を立てている。このため、HSが井上氏への支援をするとは考えにくい。
 もうひとつが、行政が設置する保健所(HC)だ。人口の多い自治体に置かれることが多い点はUC施設と共通している。全国に467カ所あり、これもUC施設と同程度の規模だ。ただ、保健所の有無が井上氏に関する支持と関連していることは想定しにくい。
 以下に示す変数を標準化したうえで、重回帰分析をした。

目的変数:得票増加数
説明変数:①有権者数
     ②旧統一教会の施設の有無(UC有無)
     ③幸福の科学の施設の有無(HS有無)
     ④保健所の有無(HC有無)

 どの説明変数を含むモデルが得票増加数をうまく説明するかを比較すると、表1に示すように、有権者数とUC有無を採用した四つのモデルで赤池情報量規準(AIC)が小さくなり、またこの四つのモデルのうち、HS有無とHC有無のいずれも採用していないモデルにおいて、ベイズ情報量規準(BIC)が最小となった。
 説明変数からUC有無を外し、有権者数とHS有無を採用したモデルでは、HS有無も有意になった。ただ、HS有無の影響の強さは、前述した四つのモデルにおけるUC有無と比べると、5分の1程度だった。
 有権者数の影響が極めて大きいことは自明だったため、これを説明変数に含まないモデルについては割愛した。
 有権者数とUC有無の分散拡大係数(VIF)は1.58744で、多重共線性の問題も小さいと考えられる。

表1 井上義行氏の得票数増加を説明する回帰モデルの比較

 以上のように、有権者数の影響を統制してもなお、UCの施設がある市区町村ほど、井上氏の得票の増え方が大きい傾向があると確認された。UC施設の有無が与える影響の強さは、有権者数による影響の半分ほどだった。「幸福の科学」「保健所」という二つの要素は、いずれも井上氏の得票とは無関係だった。
 しかし、井上氏は旧統一教会の信者による支援のためにUC施設のある地域で得票を大きく伸ばしたとは、まだ言い切れない。井上氏だけではなく、ほかの候補についても得票数が大きく変化しやすい――つまり有権者の「心変わり」が起きやすい――市区町村があり、そうした地域には何らかの理由から、旧統一教会の施設が置かれやすいのかもしれない。
 この可能性を検討するため、今回の選挙で得票数に大きな変化がみられた比例区の候補を探したところ、自民党の今井絵理子氏が見つかった。今井氏は2016年の参院選では約31万9千票を得たが、2022年では約14万9千票と、ほぼ半減している。彼女の得票について、井上氏と同様の分析をした。
 表1と同じく、今井氏の各市区町村における得票の減少数を説明する複数のモデルを比べた。表2に示すように、有権者数以外の説明変数はいずれも非有意となり、有権者数のみを説明変数とするモデルでAICとBICの両方が最小となった。

表2 今井絵理子氏の得票数減少を説明する回帰モデルの比較

 今井氏の得票に対しては、幸福の科学と保健所だけではなく、旧統一教会による影響も見いだせなかった。したがって、井上氏の得票増加数に旧統一教会の施設の有無が関係しているように見えたのは、偶然ではなかった可能性がある。

今後の課題

 各市区町村において、旧統一教会の施設の有無が井上義行氏の得票に影響しているかどうか、さまざまな観点から検討してきた。その可能性はあるという結論に達したが、一方で、本調査では考慮に入れられていない何らかの要素が井上氏の得票に影響し、それが旧統一教会の施設の有無とたまたま相関しているだけ、ということも考えられる。
 また、旧統一教会の影響力を考えるためには、もっと別のデータを分析対象にするべきなのかもしれない。
 今回は施設の所在地という、誰でも容易に入手できるデータを分析したが、たとえば各市区町村における信者の人数がわかれば、より真に迫った分析ができるはずだ。井上氏本人、あるいは陣営幹部といった関係者へのインタビューをすれば、何かもっと良いデータを入手できた可能性もある。
 このほか、旧統一教会からの支援は、施設がおかれている市区町村だけではなく、そこに隣接している市区町村などにも及んでいるとも考えられる。施設がなくても井上氏の得票が増えている市区町村があるのは、このような近接自治体から、信者の活動による効果が「漏出」していたと解釈することもできる。
 旧統一教会の施設がある市区町村そのものだけではなく、立地市区町村から物理的ないし交通事情的に近い市区町村の得票も分析すれば、上記のような解釈の確からしさについても検討できたと思われる。だが、本調査では筆者の技術的な限界から、かなわなかった。これも今後の課題としたい。

謝辞

 調査を進めるにあたっては、大阪大学大学院人間科学研究科の三浦麻子先生から、説明変数に加えるべき要素に関する助言や、多重共線性の問題への指摘などをいただいた。本講義「言語統計学A」を受講することになったのも、三浦先生のお誘いがあったからである。
 また、本講義を担当された人文学研究科の山田彬尭先生のお話を聴いて、これまでピンと来たことがなかった「共分散」という概念の意味するところが、ようやく少し分かった気がしている。
 ありがとうございました。

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