箱庭
「○○くん!もう一限の講義始まっちゃうよ!」
幼馴染のいつもと変わらぬ声を今日も電話越しに聞く。俺は早起きが大の苦手だ、5分おきにかけていたアラームもまるで意味が無いほどに。だからこうして、世話焼きの幼馴染が毎朝、電話をかけて起こしてくれる。
「おはよ今起きたわ、いっつも悪いな。」
あくびをしながら起き上がり、言葉を返す。
「一限はカメラONだから早く準備しないと間に合わないよ!」
俺はとある専門学校に在学中だ。世間は新型ウィルスの変異が進み、全ての事業が完全なリモート化を余儀なくされた。それだけじゃない。外出すらも許されなかった。政府のお偉い様の考えることはいつもよく分からないものだ。例に漏れず、我が校の授業も完全リモートだ。楽といえば楽なんだが…本当に退屈だ。授業も聞き流しているせいか、あたかも毎日同じ内容を話しているようだった。友達とのオンライン飲み会もみんな話題がないのか同じ話題ばかり。…こんな日々いつまで続くんだ。もうこんな生活が続いて3ヶ月を迎えようとしている。
「…外に出てみようかな。」
ふとそんな邪な考えがよぎった。もちろん政府の関係者に見つかれば犯罪者として罰則を課せられたり、最悪逮捕される可能性だってある。でも俺の精神は限界だった。扉の前に立ってドアノブに手をかける。開かない。扉は固く閉ざされていて開かない。自分の家のはずなのに、なぜか鍵もかかっていない状態で内側からも開けることが出来ない。俺は政府の徹底ぶりと対処の遅さに憤りを感じた。そして扉を何度も叩き、ついに扉を蹴破って外に出た。外に出た…はずだった。そこはいくつもの部屋が連なる、無機質な白い廊下だった。俺は見慣れない景色に困惑した。
「なんだよ…これ。」
その瞬間、警報が鳴る。
「被験者番号603の脱走を確認、ただちに確保と記憶の消去を実行せよ」
その後すぐに白い防護服を身にまとった男たちが現れ、俺の体を拘束する。
「やめろ!何をするんだ、ここはどこだ、友達は!両親は」
刹那、首元に鋭い痛みを感じ、俺の意識は途切れた。途切れる瞬間に自分がさっきまでいた一室の横に記載されている文字が目に入った。
非感染生存者:No.603
概要:治験
経過観察期間:2ヶ月と2週間
そう、全ては作られていたんだ。そのことに気づく度に記憶を消されて、また同じ日常を繰り返す。そうして俺は人類の存亡のため、完全な特効薬ができるまでこの一室で恐らく一生…。
「○○くん!もう一限の講義始まっちゃうよ!」
幼馴染のいつもと変わらぬ声を今日も電話越しに聞く。