僕の壮絶な高校野球人生 No2


さっきまでのワクワク感はなんだったんだろうか?

今日は一発目だから、気合い入れて監督やコーチの目に止まるプレーをしよう。

と思っていた5分くらい前までの自分はどこに行ってしまったのだろうか?

そんなことを、猛ダッシュで走ってくる先輩たちを見ながら考えていた。


周りを見渡してみると何人かは笑っていた。

この状況に困惑しているのだろうか?
それとも初めて見る光景をただ楽しんでいるのだろうか?


そんな中、
先輩部員の群れの中に少し違う色の服を着た人間が2人いるのを発見した。

そしてその二人だけが最終的に僕たちがいる場所にやってきた。

一人は、少し細めだが背はとても高い。
着ているユニフォームの胸元には、「田村」と書いてあった。

もう一人の方は、僕と同じ165cmくらいの身長で小さかったが、
とても筋肉質な身体の持ち主だった。
胸元には、「吉岡」と書いてあった。


「おい、お前ら何笑ってんねん! しばくぞ。」

これが田村の初めて放った言葉だった。


さっきまで笑っていた奴らが笑いを止めて「すいません」と言うと、

田村は、
「なんやねん、その謝り方は。ナメてんのか?」 と言い返した。


僕はこの光景を横で見ていただけなのだが、もうすでに身体はブルブルと震えていた。

「怖い、どうしよう、帰りたい。頼むから俺の方向を向かないでくれ。」

こんな気持ちでいっぱいだった。



「お前らの指導係の田村や。これからちょっとでもナメた態度取ったらお前ら全員殺すからな。」

「同じく指導係の吉岡や。」


どうやらこの二人は僕達の指導係らしい。

「これからグラウンドに行くから荷物全部持って俺について来い。」

そう言った田村の後を僕達はついて行った。


事前に自転車とカバンをくくりつけるヒモを用意しておくように言われていたので学校の駐輪場には僕達の自転車が並んでいる。

ちなみに、電動自転車と、スポーツ用の自転車は禁止だと言われていたので、
自転車は部員全員がママチャリだ。


早速、自転車の後ろにカバンをくくりつけ出発する準備をした。
一度だけ田村がカバンのくくりかたについて説明をしたので、
僕はしっかり覚えて一発でくくりつけた。

ここで何人かはカバンをくくりつけることができなくて困っていたが、僕はそんな人を助ける余裕はなかったため、無視して田村の後をついて行った。


カバンをくくりつけた順で一列に並び、
グラウンドまで自転車で突っ切って行った。

グラウンドまでの道のりに、川や街の観光名所がたくさんあったが、
僕にはそんなものを見る余裕はなく、
ただ前を向いて、田村の後ろをついて行くだけ。
信号待ちの間に他の部員と喋ることも許されなかった。


というか、まだ他の部員と挨拶もしていない。だから周りにいる奴らと
このおかしな状況について共感することもできない。


グラウンドへは学校から自転車で約40分かかった。

そのうち30分はとても自転車を漕いでいられないくらいの坂道なので、
自転車から降りて、歩いて登るルールになっていた。


3月末の気温は、少し涼しさは残っているものの、自転車を40分も漕げば汗だくになってしまうくらいの暑さだ。 

それと同時に僕は「花粉症」という厄介なアレルギー症状も抱えていたので、
グラウンドについた頃には、もう心身共にボロボロの状態だった。


そんな中、無事に野球部専用グラウンドに到着し、指定された場所に自転車を置き、カバンを取り外して田村の方へ走って行った。

他の部員も雰囲気を察知したのか、移動は走っている。
だが走っているにも関わらず指導係の田村は、

「走れ!遅いねん!もっと全力で走れ!」と僕達に言い続けてきた。

そう言われて、「はい」と返事を返すと、

「返事が悪い。もう一回言え!」 と言われる。

さっき見た、命を削りながら出すような返事なんて今までやったことがない。
もう一回と言われても、どうやって返事をしたらいいか分からない。 

だから僕達は一回の指示に対して5回以上は返事を繰り返していた。

もうそれだけでも喉が潰れそうになっていて、今日一日をちゃんと乗り越えることができるかも少し不安になり始めていた。


田村が立っている場所まで走って行った僕達は、背の高い順に整列させられた。

僕は背が低いので、2列に並んだ後ろから四番目のところに立った。


「これから立ち方を教えるからよく聞け。一回しか言わへんからな。
 両方の踵はつける。腕は指先までしっかり伸ばしてユニフォームにつける。
 顔は前だけ向いて動かすな。 分かったな?」

田村の指示に僕達は「はい!」と全力で返事をした。


そしてそのまま30分くらい、その姿勢で立たされた。

僕はこの時、花粉症のせいで、鼻が詰まり、鼻水が垂れ流し状態になってしまったので、本当に辛かった。


30分後、グラウンドの横にあるプレハブの中から一人の男が出てきた。

男は、まるで自分がこの世界の支配者だと言わんばかりの歩き方をして、こっちに向かってきた。


そして僕は気が付いた。 

その男は、僕がいいピッチングをしたあの日に「ナイスピッチングやったな。」と声をかけてくれた監督だ。


「おはようございます!本日も一日ご指導よろしくお願いします!」

さっきまで僕達を指導していた田村と吉岡の姿勢が急にピンとなり、
二人とも大きな声で挨拶をした。


この挨拶は二言挨拶と言い、野球部の中では必ずしないといけない挨拶だった。

おはようございますの後に、

雨の日なら「天候の悪い中ではありますがご指導よろしくお願いします」

風が強い日なら「本日は風が強い中ではございますがご指導よろしくお願いします」

このように挨拶をした後に、必ずもう一言加えなければならない。


監督は僕達が並んでいるのを一通り見て、

「お前ら緊張してんのか?」 と一言いいグラウンドの方へ歩いて行った。

中学生の頃に会った時は普通に話すことができたが、
今はもう目を合わすのも怖いくらいだった。


また30分以上同じ姿勢で立たされ、その後僕達は返事練習というよく分からないがとても怖そうな練習が始まった。

前から順番に「はい!」と返事だけをしていく。

「はい!」が終われば、次は「いいえ!」を繰り返す。

ただそれだけを僕達は一時間以上やらされた。

そして返事をしている最中にさっき教えてもらった立ち方ができていなかったら、瞬時に怒られた。


僕は途中から何をやっているのか分からなくなったが、そんな感情は次第に
なくなり、無心でただ返事を繰り返すだけになっていた。


一時間以上の返事練習が終わり僕達はやっとグラウンドに入ることができた。

グラウンドにあるカバンを置く場所まで田村の後ろを走って行った。

だが正直僕は、もうこの頃には帰りたかった。 
心身共に疲れすぎていて、野球の練習どころではなかった。


カバンを置き、僕はウォーミングアップをするためにスパイクとグローブを持って
グラウンドのライトの方へ走って行ったのだが、その時に衝撃的な光景を見てしまったのだ。



何人かの先輩部員がグラウンドの端で正座をしている。隣にはコーチらしき人物が立っていて監視していた。

その部員全員の顔は無表情で人間らしい表情が全くなかった。


僕はもう野球なんてどうでもよくなってしまった。
部員の表情は暗く、グラウンドには人間がたくさんいるはずなのに喋り声も全く聞こえない。


怖い、怖すぎる。


僕はこのグラウンドの雰囲気に恐怖を感じながら、みんなと一緒にランニングを
始めたのだった。

続く。。        Ryoma Kobayashi     


**先輩の名前などは本名ではありません。

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