自分の頭で考える
私はマイペース(スローペース)です。
それはNYに10年住んでも変わることはありませんでした。
これは父のDNAではないかと思います。
そしてこういうところが父方の祖母にも父に似ていると言われていた所以だったのかと思います。父を産んで育てた祖母が言うくらいだから私はよほど父に似てる部分があるのではないかと思います。
NYに来るまでは自分の意見を言うのが苦手でした。
2009年に一人でNYに1ヶ月滞在したとき、あー自分の意見を言っても良いのか、ということを実感しました。これは大きかったです。
それまで決して自分の意見を一切言わなかったというわけではないですが、苦手でした。
NYで以前お付き合いしていた方がちょっと精神的に不安定で、しかも本人にもその自覚がある方でした。本人は両極端にコロコロと変わっていく自分の考えにただただ素直に従っているだけで、本人ですらも自分の真意もどこにあるのか分からないようでした。私も彼が本当の考えがどこにあるのか理解したいと頑張っていました。彼の思考を理解するために、また自分が彼から影響を受けすぎないために精神科医の元にお話し伺いに行ってた時期があります。そこでDBTについて教えて頂きました。DBTの基本的な考え方は誰にでも役に立つと私は思っています。
DBTを知り、「私は自分の人生を生きてる実感がない」ということに気づきました。おそらく他人との境界線が曖昧だったためだと思います。
これは自分の意見を言うのが苦手なことも起因してるのではないかと思っています。
DBTを知ってからは他人との境界に気をつけるようになりました。
他人との境界に気をつけるとは、相手と自分は違う人間だと理解するということです。これはネガティブなことではなく、尊重するということに繋がると私は考えています。
「自分の人生を生きる」ということは大切なことです。
今読んでいる「正法眼蔵の入門書」にもそういったことが書いてあり驚きました。
気分は空に浮かんでいる雲のように形を変えていく
これはDBTの考え方で一番好きなものです。気分は一定ではないのだということを知り、自分の機嫌が悪いときに「自分の機嫌が悪い」ということをそれほど重く受け止めなくなりました。機嫌(気分)が悪かったら自分で気分を変えれば良いのです。好きな音楽を聴いたり、ネイルに行ったり、美容院に行ったりして自分の機嫌をとってあげればいいのです。とは言いながらなかなか難しいこともありますけれども。
友達の存在にも救われています。仲の良い友達と話していると安心します。自分は人間という社会を営む動物なんだなと実感します。
自分の機嫌を上手に取りながら楽しく生きていきたいです。