イボを切除した話


「粉瘤」という言葉を知ったのは中学生の頃、さくらももこのエッセイ「そういうふうにできている」を読んだ時であった。さくらももこが妊娠出産する際に腰の粉瘤が腫れ、それを切除するという内容で、当時の私はその面白おかしい話に声を出して笑った記憶がある。まさか10年後の自分にも同じようなことが起こるとはつゆほども知らずに。

私の右臀部には肌色のホクロのようなものが昔からあった。肌色の時点でホクロではないのかもしれないが、「ホクロ」と表記しているのはそれをイボだと認めたくない乙女心である。簡単に見える場所ではないし、見栄えは多少悪いかもしれないが、自分で見ることはないため気にすることはあまりなかった。

それが2日前から急に腫れて痛み出したのである。原因は分からないが、夜勤のある生活やコロナ明けで久しぶりに遠出をした疲れなどもあるのだろう。通常時の1.5倍ほどに膨れ、発赤と熱感を持つその肌色のホクロはもはやホクロとは呼べず、控えめに言っても腫れたイボであった。鏡に自分の尻を突き出しながら(これって…もしかして…あのさくらももこが言ってたやつ…?)と考える姿はかなり間抜けであった。座位になってもギリギリ地面に着くかつかないかの位置にあるそのイボは、仕事ができないほどの痛みではないにしてもシクシクと痛んだ。私はその状況に困惑しながらも、いいネタができたと思って休憩中に先輩方に「私今オケツにイボできてるんすよね〜」などと笑いを誘ったり、いい皮膚科を紹介してもらったりしていた。
楽しんでいるようにも見えるが、このイボは炎症が1度収まっても切除しないとまた腫脹をくりかえすらしいとネットで見たため、私はいち早く皮膚科を予約した。どうも調べた感じ日帰りで切除してもらえるらしい。普通に切除するなら自己負担だが、このように腫れている状態では保険適応になり負担額も減る。これを機に、いっちょお尻綺麗にしてみるか、てなもんである。

深夜明けの日、上野の皮膚科に私はいた。
診察してくれたのは非常に可愛らしい若い女医さんで先生は私に「粉瘤ということですが、患部を見せていただけますか?」と丁寧に聞いてきた。そこで私は「お尻なんですけど…///」と恥じらったセリフとは裏腹にサッとスカートをまくし上げパンツを降ろして患部を見せた。こういうのはモジモジする方が恥ずかしいのである。しかし可愛らしい先生にこんな尻のイボを見せつけるにはかなり気が引けた。じゃあおじさんの皮膚科医だったらいいのかと言われればそういうわけでもないが。
人の陰部、非露出部を見ることは仕事上慣れ切っていてなんとも思わないが、実際にこうやって患者側になると、やはり思うことはある。職場の患者さんたちの顔と陰部が頭をよぎった。みんなこんな思いをしているんだな。恥ずかしいのにケア•処置させてくれてありがとうな…
さて、先生は患部を触診したのち本日の切除で大丈夫ですか?と聞いてきた。特にこのイボが何なのかは重要ではないらしく、診断名のようなものは告げられなかった。「大丈夫です。」と返事をし、各種同意書や術前の問診を受け、私は処置室に呼ばれた。処置室では看護師さんが採血をしてくれた。こういう時に同業他者がどんな風に採血をするのかかなり見てしまう。一動作ごとに声かけがあり丁寧な採血だった。今朝私が亜混迷の患者さんにした採血はどうだったかなと少し反省した。
看護師さんは採血をした後、処置台に寝そべる私を見下ろして3秒くらい考えこんだ。「…どうしましょうか笑お尻ですよね笑」と笑いながら聞いてきた。いや、笑ってんじゃねーよ。と思いながらもそうなんですよと返し、うつ伏せでお尻を丸出しにする運びとなった。
タオルなどでうまく隠しつつも私の患部を露出させた看護師さんはちょっと待っててくださいね〜と処置室を去っていった。ところが5分くらい待ってもなんの音沙汰もない。隣の処置室で音がするので他の患者を見ているのだろう。別に尻を出したままなのはいいのだが、暇なので彼氏に現在の状況を短歌にしてLINEしたりして時間を潰した。20分ほどするとさっきの可愛らしい先生が処置室に入ってきた。器具などをいろいろ準備し、ついに手術スタートである。
まずは麻酔。先生は小型のマッサージ機のようなものを取り出して「振動を当てながら麻酔をします」と私の尻をマッサージ器で震わせ始めた。へーそれで痛みが和らぐんだ。と思った瞬間針が尻に刺さる感触を感じた。皮下注射かと思ったがこの角度は筋注である。人の尻に筋注することはあっても自分の尻に筋注されることは滅多にない。思ったよりは痛くないがやはり異物感はある。これを月一でしている患者さんにはもっと優しくしようと思った。
さて、麻酔が終わると私の尻はいい感じに麻痺して触れられているのも分からないほどになった。「それでは切除していきます」と先生は私のイボを切り始めた。うつ伏せなので自分からは見えない。どんなふうに切除しているのか気になるがグロ耐性はあまりないので見られなかった。その後針と糸で傷口を縫い付けた先生は帰宅後の注意点などを簡潔に述べて退室された。時間にしておよそ10分程度。去り際にチラッと見えた切除したイボはいかにもイボ然としており、思ったよりは大きかったため切除して良かったと思えた。

帰り際、ショーウィンドウに移る自分の臀部がガーゼ止血により若干モッコリしているのが気になったが、イボが巨大化してモッコリするよりはマシであるため気にしないことにした。次回は10日後にまたあの可愛らしい先生に尻を見せる予定である。抜糸のために。

おわり

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