世界一のパテ・クルート / 進化し続ける古典フランス料理の世界
注目が高まる古典フランス料理
「パテ・クルート」はミートパイや、シャルキュトリがお好きな方にぜひおすすめしたいフランス料理。直方体の型にパイ生地を敷き込み、牛肉、豚肉、鴨肉やフォワグラなどのパテを詰めて焼き上げ、一晩落ち着かせてできるパテとパイ生地の隙間にコンソメジュレを流しいれて仕上げる。
中世発祥と言われるパテ・クルートは今世紀に入って人気が再燃。世界各地でコンクールが開催され、頂点とされるフランスの「パテ・クルート世界選手権」において日本人シェフが2019年から3年連続して優勝したことも大きな話題となった。
宴会・コース料理の一品にも、ランチメニューやテイクアウトの主役にもなれるメニューであり、王道のフランス料理らいしい複雑・高度な技術を要するところも職人気質を備えた料理人とグルマンたちのハートに刺さるのかもしれない。
トップシェフ団体がセミナーを開催
「パテ・クルート世界選手権2024」への出場者を決めるアジア大会を数日後に控えた2024年8月27日、フランス料理のトップシェフの団体である「日本エスコフィエ協会」が、パテ・クルートをテーマにセミナーを開催した。
定員100名に対してキャンセル待ちが出るほど申し込みが殺到し、当日は暴風雨気味の荒天にも関わらず東京調理製菓専門学校「フードスタジオ」の観覧席は熱心な参加者で埋めつくされた。ほとんどが一流ホテル・レストランのシェフで、なかには数日後に開催されるパテ・クルート世界選手権アジア大会の決勝進出者も複数名含まれている。
講師は「パテ・クルート世界選手権2019 」の優勝者、セルリアンタワー東急ホテルの塚本 治シェフ。日本人として初めて世界を制したパテ・クルートの第一人者だ。
調理台の真上のカメラがシェフの手元を捉え、会場内に設置された5つのモニターに映し出す。本来は仕込みから仕上がりまで3日ほど掛かる料理だが、事前に塚本シェフが用意した各段階の食材と画像を使い、約2時間のセミナーでテンポよくルセットが解説されていく。
中に詰めるファルスの構成や肉類のカットの仕方、パートブリゼに使う粉の種類や配合、縮まない強い生地に仕上げるコツなどの説明はとても丁寧だ。ファルスや生地は実物のサンプルが参加者全員に回覧され、組み上げたパテ・クルートの焼き上がりを待つ間には質疑応答にも行われ、参加者は世界大会の流れや、日本とフランスの厨房設備の違い、決勝当日に向けた食材の準備など、コンクール体験者でなければわからないような貴重な情報を得ることができた。
料理の世界の競争は大変厳しい。寝る間を惜しんで修行し、研究し、挑戦を繰り返しても、名のあるコンクールで優勝してスターになれるシェフはほんの一握りだ。栄光の座を目指すシェフたちが熱い視線を注ぐキッチンスタジオで、塚本シェフが工夫を重ねた貴重なルセットと経験を淡々と、惜し気もなく披露していかれる様子は感動的でさえあった。
「世界一のパテ・クルート」を試食
焼き上がって、調理台の真ん中で披露されたパテ・クルートはきっちりと角がたち、すみずみまで美しい模様が刻まれて繊細な工芸品のよう。
この後、一晩休ませた上でジュレを流し込んでやっと出来上がりとなる。この日はあらかじめ塚本シェフが試食用に完成させておいたパテ・クルートがカットされ、参加者全員に供された。
本来、焼成温度が異なる肉のパテと小麦粉のパイ生地を綺麗にまとめて焼き上げるのは大変難しいのだけれど、塚本シェフの作品はパテとパートブリゼがすき間なく寄り添っている。ひと晩たっているのに外側のパートブリゼはサクサクのまま、中のパテは程よくしっとりまとまり、滑らかなジュレを纏った美味しさは何とも言えない。「世界一」の説得力を心から堪能させていただいた。
進化を支えるシェフの心意気
セミナー終了後、塚本シェフにお話を聞いた。
ライバルとも言える他のホテル、レストランの料理人の方たちにあんなに気前よく教えてしまってよいのか、という問いに対して、
「あれは2019年のベストではあるけれどその後も毎年、新しい工夫がなされ、パテ・クルートは進化し続けています。誰かが今日のルセットを完璧に再現できたとしても、それはもう先端ではありません」
と塚本シェフ。
「これが最終形態ではなく、まだまだ先があります。これを土台に、さらに新しい、進んだパテ・クルートが生まれてくるはずです」
物腰は穏やかだが、世界を獲ったあとも気を緩めることなく先端を捉え続けている矜持が伺える言葉だった。
SNSの広がりも手伝って料理の世界はめまぐるしく変化している。しかし、インスタグラムで「映え」を競っている目新しい料理だけが「新しい」のではない。
パテ・クルートのように歴史的な技法に根ざしたクラシックなフランス料理もまた、シェフの方々の情熱と探求心によってどんどん進化していることに気づかされた。
代々受け継がれ、磨かれてきた技術を引き継ぎ、新しい要素を加えて進化させる。はるか昔から繰り返されてきた職人の技と精神性がそこにはある。
ミシュランの星を獲得するシェフが日本から輩出される理由が少しわかった気がした。
・エスコフィエ通信
日本エスコフィエ協会サイトで「お試し会員登録」をしていただくと会報誌「エスコフィエ通信」のPDF版バックナンバーをご覧いただます。
〇あとがき
10年以上にわたり、表の仕事として日本エスコフィエ協会の会報誌「エスコフィエ通信」、オフィシャルサイトの制作などの広報活動をお手伝いしています。今回も「エスコフィエ通信」のためにフランス料理講習会を取材しましたが、感銘を受けた内容を広くお知らせしたいと思い、協会に許可をいただいて会員以外の方に向けた記事をこちらに掲載しました。
日本エスコフィエ協会は「フランス料理シェフの会」として料理コンクール、勉強会などプロフェッショナル会員向けの活動を行ってきた団体ですが、近年はオーギュスト・エスコフィエの誕生日を記念するディナーイベント「エピキュロスの晩餐会」や、年に一度の総会と同日に開催する協会晩餐会への一般客受け入れなど、さまざまな催しが会員以外にも門戸を開いています。
今後はそうした活動のご案内もできればと思います。