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たばこ談義

彼はずいぶん前に紙巻煙草をやめたが、いまではパイプに凝っていた。時代に逆行した趣味なので、格安で道具を揃えることができた。一度も使われていない往年の名パイプ、行き場をなくした灰皿、独特の艶がある煙草盆が、彼の喫煙所たるベランダに集められた。一応、自分のおしゃぶりを買い集めていることを彼は自覚していたが、一方で、古代から続く喫煙の文化を受け継ぐ後裔を気取ってもいた。特に気に入っている道具は、大手に吸収されて消滅したブランドのブルドッグ型と、現代作家が切り出した握りやすいベント型のパイプだった。

ある日の客の中に、かつて煙草店で働いていた男がいた。さて一服となったさい、男は彼の煙草盆を律儀に褒めたあと、国産の紙巻煙草を取り出して火を点けた。「じつは、紙巻煙草はすごいんだ」と男はいった。「この品質の紙巻煙草を工業製品として安定生産するのは、ほんとうに画期的なことだった。だから、僕はできるだけ国産の紙煙草を買い支えようと思っているんだよ。コレクターに限って、ヴィンテージ品を買い集めたりしているものだが、そんなやつに対して、僕はいま現在の担い手にお金を落とすべきだと説教してやったこともあるんだ」。

彼は、自らの不明を恥じた。それからは、現代作家の作った方のパイプばかりを使うようになった。廃れゆく文化だからこそ、古いものばかり懐かしがっていたら、今ある芽さえ潰してしまうというわけだ。滅びることがかならずしも悪いわけでもないが、ようするに、彼は男がもつ煙草への態度に感銘を受けたのである。さすがに紙巻煙草にもどることはなかったが、ヴィンテージ品に凝るのはやめた。

彼は自分でも気が付いていなかったが、時折訪れる客たちの言葉によって、がらっと趣味を変えることがあった。特に、クラシックとジャズに対する趣味のほとんどは、年上の友人たちに教えられた。どうやら、年をとることによってのみ発見できる、新たな感性の筋があるらしい。あくまで自分ひとりの趣味だったものが、同好の士のあいだで共有されているうちに、姿を変えて戻ってくるようなことも起こる。変わることで、文化は受け継がれるのだ。

文字数:867(テーマ:草)

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鎌塚 亮
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