夜の散歩をしないかね(2018年10月18日 記)
4年前の今くらいの時期に書いた日記。
──深夜の散歩をしていた。その町をこの時間にうろつくのは新鮮な気分だった。このあたりは生活圏なので昼間には何度も来ているが、生活が幼児との暮らしになって以降は深夜に外へ出ることがめっきり少なくなっていた。静まり返った商店街の端から端までを通り抜け、月明かりが遊具を照らす公園を横切ってゆく。
カラオケスナックのドアから漏れてくる誰かの歌声が聴こえる。高架の下をくぐり川沿いまで出る。水面を見て満足すると、来た道とは別の道を選んでまた歩き始める。
ここまで来てしまうと、元いた場所へ歩いて戻るよりも隣の駅のほうが近いかな──と思い始めた頃、角を曲がると突然煌々と道を照らす灯りがみえた。迷い込んだ住宅街の薄暗い路地にガレージが口を開けていた。
派手な色をしたベスパがガレージの入口付近に停まっている。一旦は通り過ぎたが、はて、半開きのシャッターの奥にはいかにもビンテージなスタイルのバイクが何台も並んでいたなと引き返して、中で作業をしているオッちゃんに話しかけた。
「こんばんは〜。あのぉ〜ここバイク屋なんですかあ」
「これ、わたしのガレージ。お兄ちゃん、こういうの好きなん?」
「いやあ、好きか嫌いかでいうと──それはもう好きです」
ジャージとサンダルと首の緩いスウェットシャツという間抜けな格好をした馴れ馴れしい通りすがりにはさほど害はないだろうと思ってくれたのか、しばしの雑談を経て、ガレージの中を見せてもらえることとなった。
ビンテージ・バイクへの興味だけでなく、わずかな時間の立ち話で自分のどこかを信頼してもらえたような空気感が嬉しかった。そのご好意に対して、私は言葉も態度も然るべき敬意を払わなくてはならないのだが、ガレージの中に一歩足を踏み入れた途端に「ハァ〜〜〜!?なんすかこれ!?おかしいでしょ!あはははは!」と無作法な言葉が口をついて出ていた。
Z1300('78)、GT750('71)、W-1SA('71)、XS650('70)etc……バイク雑誌で読んだり、旧車専門店のショーウィンドウに飾られているのを見たことはあるが、タンクに顔も映らんばかりの近い距離で実車を見るのは初めての、伝説的な車種の数々が並んでいた。ウォーター・バッファローと呼ばれたSUZUKI GT750──実写版のワイルド7飛葉ちゃんが乗っていた──のグリーンがまるで南の海のような輝く緑だなんて知らなかった。Z1300のタンクに添わされたKawasakiの文字がこれほど美しいカーブを描いていただなんて写真じゃわからなかった。どのバイクも、まるで現行車種かのようなコンディションだった。「あれもこれもピカピカじゃないですか!」。
「いちおう順繰りに乗っとるで、走らせないと調子悪くなるからなあ」。オッちゃんがさりげなく覗かせるプライドは、私の好きなタイプのそれだった。前回乗った日付と走行距離を書き留めてメーターパネルに貼り付けてあるポストイットの赤や黄はリアリティの色をしていた。こいつら飾りじゃないんだぜ、ということだ。
「でも最近は歳くって、重いのがしんどくなりつつあるわ、それ(Z1300)なんてガスとオイル入れたら300kg超えやもんね、だから、これのほうが楽といえば楽やなあ」
「そこのヨンフォアとジービー」
「うん、ぱっと見ではヨンフォアにみえるやろね」
「……うひーっヨンフォアじゃなくゴッパン、しかも四本出しじゃなくて純正集合管(CB550K)……ていうか、横のジービーも400じゃなくてGB500じゃないすかあ」
「もっと近所を走るならこっちの小さいのが面白いけどなあ」
大型車の横にはYAMAHA ポッケ('80)とSUZUKI GT125('74)が並んでいた。「リアルタイムで実際に乗っていたのはこのポッケだけやんか、学生の頃な。あっちのデカいのは若い頃に乗りたくて乗りたくて憧れたバイクで、それぞれに縁があってここにきて、いつのまにやら――こんな」。私はいま、あるひとりの人物が数十年にわたって想い焦がれてきた、冷たくて熱くて硬くて柔らかい塊のような何かをまるごと目の当たりにしているのだった。
(2018年10月18日 記)