シャッターの向こう側
少し前の出来事。たまに朝飯を食べにゆくホテルのロビーだった。
その二人連れは新幹線で2時間と少しのまちから来て、昨日は朝から晩までUSJで遊んでからこのホテルに泊まり、今日は朝食を終えたらチェックアウト後に京都へ向かうのだという。テーブルの上に置かれたカメラがRICOH GRIIだったので、「ええカメラもってますね」と話しかけてしまったのだ。すると、「そちらもカメラを持ってらっしゃるなと、さっきから気にしていたんですよ」と、ひとりが応えた。
私はちょっとばかりネジが外れているところがあって、街中で知らない人へ話しかけてしまうことが割合にある(単に、馴れ馴れしい人物であるともいえる)。
以前にこんなことがあった。電車で隣に座っていたご婦人が鞄から取り出したのは3〜40枚はあろうかという写真の束で、それはあきらかに外タレ・来日したミュージシャンたちとのツーショット、しかもサイン入りだったのが目に入ってしまった。思わず「おばちゃん、それ有名な人たちなん?」と話しかけた。
「うん、一般的にはわからんけど、その世界ではメジャーな人たちやで」と彼女は応えた。「これなんかだったらお兄ちゃんにもわかるかなあ」とフィリップ・ベイリー(EW&F!)とのツーショット写真を見せてもらった。彼女はいま60代で、昔からソウル/ファンク/ディスコ系の音楽が好きで、前年のEW&F来日公演も観に行ったのだという。その日は好きなミュージシャンの公演が梅田であるので、彼らの常宿に向かい出待ちをするのだ、と。「いわゆる、追っかけみたいなもんやね、情報交換のネットワークがあって、来日前にホテルがわかるわけ。で、最初はお願いして写真を一緒に撮ってもらう。次の来日にはその写真を持っていってサインをしてもらうんよ」と笑った。
山下達郎さんが「まったく売れなかった頃に、大阪のディスコで局地的にBOMBER(という曲)に火がつき、自分の音楽家としてのキャリアが救われた」という話を折に触れてする。それは1978〜9年の出来事だという。リアルタイムでその渦中にいたらしき年齢の人たちが、山下達郎大阪ライブでの同曲イントロで嬌声をあげ立ち上がって踊りだすのを私は見たことがある。電車内で隣り合わせたこのご婦人もその大阪のディスコにいたかもしれない。Let's dance baby。
「二人旅だとお互いに撮る写真はあるけれど、二人並んで撮った写真が少ないことがありませんか。いらん申し出かもしれませんが、ツーショットお撮りしましょうか?」。
私は卓上のGRIIをお借りし、ホテルのスタッフに許可を貰ってから三人で建物の屋上に出て、しばし写真を撮った。テーブルに置きっぱなしだった私のカメラのSDカードには二人の画像データは残らなかったし、名前すらも訊かなかったけれど、二人の笑顔は記憶に残った。あの日、電車内で見せてもらったサイン入りの写真のような記憶。
街中で写真を撮っている観光客に「撮りましょうか?」と声をかけるのが好きだ(ほら、馴れ馴れしいでしょう?)。家族連れでカメラの持ち手を交代しながら撮っているのを見かけると、親切の押し売りをしたくなってしまう。キャナイヘルプ? とかウッジュー?とかなんとか言いながらシャッターを切るジェスチャーをする。ここらへん、断りかた・遠慮のしかた・嬉しがりかた・など国民性や民族性の傾向らしきものがあるような気もするけれど、それよりもタイミングやロケーションや、そのときの私の服装(無精髭だったりボロいジャージだったりするからね)のほうが、より大きな影響があるだろう。
こちらが恐縮するくらいに喜んでくれる人もいる。だけれど、たぶん私のほうがよっぽど嬉しいのだ。だって、もしかしたらその写真は、そのひとのPCに何年も保存されるかもしれないし、もしプリントされたなら、その家族のすごすリビングに何十年も飾られる写真になるかもしれないじゃないか。そんな写真が撮れる機会なんて、めったにない。
ユージン・スミスという写真家を主人公にした映画が公開される。ジョニー・デップ主演で、美波さんや真田広之さん、加瀬亮さん、浅野忠信さんも出演する『MINAMATA』という作品だ。報道写真家としてキャリアをスタートし、来日時にはすでに世界的な名声を得ていたユージン・スミスは、その晩年を水俣病の取材へと捧げた。
公害に苦しむ人々とその土地で起こった出来事へシャッターを切った彼の撮った写真を知らない人でも、必ず目にしたことのある代表作がある。『楽園へのあゆみ』──原題 ' The Walk to Paradise Garden'でググッてみてください。たしか東京都写真美術館もプリントを所蔵していたはず──という作品で、世界中のあらゆるファンシーグッズやジグソーパズルで最も使われた写真なのではないかしら?と個人的には思う。
余談だが、宮崎駿の傑作映画『崖の上のポニョ』には、ユージン・スミス『楽園へのあゆみ』から(恐らくは)無意識的に影響されたと思わしきカットがある。
(『徳間アニメ絵本 30 崖の上のポニョ』(徳間書店)p129より)