福祉と医療の葛藤(特別養護老人ホームの暮らし・最終章)
特別養護老人ホームでの暮らしについて何度か書いてきました。高齢福祉サービスを使うということは、特別なことではなく、あたりまえのことになりました。また、高齢福祉サービスを使わないと自分や身内の生活が維持できなくなることがあります。もっと高齢福祉サービスを身近に感じる必要があります。そこで、私のお袋が暮らす特別養護老人ホームの暮らしについて書いてきました。これが最終章です。
高齢福祉サービスは突然に…
高齢福祉サービスは、突然、必要になることがあります。私のお袋は、高齢者にありがちな目の病気で手術をしました。それが10年前です。そのころのお袋は、私が住む町から車で1時間ほどの町でアパートの2階に一人暮らしをしていました。一人で病院に行きました。また、手術は簡単なものですぐに退院して帰って来るはずでした。ところが退院の前日に病院内で転倒し、大腿骨を骨折しました。それから半年の間で2回の手術、リハビリを繰り返しなんとか歩けるようになりました。しかし、一人で暮らせるまでには回復しませんでした。
その後、退院に合わせて私の家の近所に引っ越し、ヘルパーやデイサービスを使って生活をしていました。やがてまったく歩けなくなり、車いす生活になりました。また、家の中ではベッドだけが居場所になりました。さらに、次第にヘルパーに頼る場面が増え、介護保険の中だけでは一人暮らしが維持できなくなり、特別養護老人ホームに入居しました。
特別養護老人ホームを選ぶには…
特別養護老人ホームに入居するためには、ケアマネージャーに相談のうえ、申込受付センターへ申込書を郵送します。申込書は、希望する特別養護老人ホームを5ヶ所選んで書きます。その5ヶ所の中で空きが出ると連絡が来て、見学、契約となります。
特別養護老人ホームはお袋が生活をする場所です。選ぶにあたってはお袋の希望がだいじです。その中で私がだいじにしたことは、身内が行きやすい場所にするということです。そこで私は、私の職場から近い場所、仕事の休憩時間に行って帰って来れる場所を選びました。予定を立てて休みに行くより、5分、10分の滞在でも回数を多くできるようにしました。また、ターミナルケアにおいてはこの選択が正解でした。
ターミナルケア
お袋は、昨年の秋から容体が悪くなりました。何度か危篤になり、持ち直し、それを繰り返していました。また、今の状況下においても、ターミナルケアの入居者は直接面会が認められました。そのため頻繁に面会することができました。
持ち直したとき、お袋が言いました。「もう、どっちかにして欲しい」
お袋の言いたいことは想像がつきます。しかし、私は返答につまり、お袋に聞きました。「どっちかってなに?」するとお袋は言いました。
「天国か地獄」
そのころのお袋は、肺の機能が低下し息苦しい日々が続いていました。生き続けることの方が地獄と言いたかったのかもしれません。
福祉と医療の葛藤
お袋は、1月の半ばに91歳の誕生日を迎えました。その日、マグロの寿司が食べたいというのでちょっと高級なマグロを持って行きました。お袋は、30分かけて2貫食べました。それが最後の食事になりました。それから一か月、ほとんどコーラだけで生活をしました。
ターミナルケアにおいては、福祉と医療の考え方のぶつかりがありました。お袋は、最後まで意志がはっきりしていました。お袋の意志を尊重しようとする福祉スタッフとお袋の生命維持を第一に考える医療スタッフでは考え方が異なり葛藤がありました。
お袋は、コーラが飲みたい、しかし看護師は栄養ドリンクをすすめます。また、お袋はお手洗いに連れて行って欲しい、しかし看護師はトイレに行くだけでも体に負荷がかかるから危険だと言います。そのころのお袋トイレから戻ると、それだけで呼吸が苦しくなっていました。介護をする福祉職と看護師の間でケアマネージャーが悩み、その都度、私に相談をしてくれました。
そのときケアマネージャーが話してくれたことがあります。その日、お袋は体調が悪く、血中酸素飽和度が低下していました。そのため看護師からはベッドでオムツ交換をするように指示が出ました。しかし、お袋はそれを頑として拒んで言いました。「だって、このあと息子が来るのよ」
居室でオムツ交換をすればその匂いが部屋中に充満します。お袋はそれを気にしていました。
ありがとうございました
お袋の介護をする福祉職と生命を守る看護師は、いつも一番良いギリギリのところを探って悩んでいました。その後、お袋は2月の半ばに他界しました。私は、特別養護老人ホームのスタッフのみなさんのおかげで、最後の最後まで大きな負担なく自分の生活を維持することができました。
まだまだ高齢福祉サービスの需要は伸びていきます。当事者となる高齢者のためだけでなく、その家族のためにも高齢福祉サービスは必要です。サービスに現場で働く皆さんに心より感謝申し上げます。