俵山昌之さん追悼番組収録とご遺品のフレットレスベースとご支援のお願い
2021年6月6日で一周忌を迎えたベーシスト故・俵山昌之さんの追悼番組制作の収録に参加させていただきました。
追悼企画音楽番組:俵山昌之に捧ぐその2 出演 織原良次(フレットレスベース奏者)
動画に関する訂正/留意点
※①収録ではストリングスガイドが俵山さん本人によって交換されていると話してしまいましたがBladeの純正の仕様のようです。
※②収録ではFender Japanの立ち上げが1983~84年と話していますが、実際は1982年でした。訂正いたします。
※③フェルナンデスのノイズがひどいのでご留意お願いいたします。
私個人としては追悼の番組に参加するというほどの俵山さんとの縁があったとは言い難く、当初参加をお断りさせていただきました。
ですが、この番組を発起され、自ら制作を担っているトランペッター五十嵐一生さんが預かった俵山さんの遺品の中にフレットレスベースが2本ある…と。
故人の大切な記録の映像制作ですから、関わりの薄かった人間が参加するということ自体に難色を示さざるを得ませんでしたが、
この遺されたフレットレスベースがどういうものなのか、このフレットレスベースから俵山さんの意思をなにか読み取れないか、フレットレスベースの専門家としての見地から音を鳴らしてくれないか、という五十嵐さんの強い意思と申し出があったため馳せ参じさせていただきました。
俵山さんとの縁
まず、私にとっての俵山さんとの縁についてですが、
10年ほど前でしょうか、俵山さんと縁の深い本企画の発起人であるトランペッターの五十嵐一生さんや俵山さんと長く共演を重ねてきたドラマー江藤良人さんと演奏する折に場当たり的な私の演奏に対しお二人が違う現場で同じアドバイスを発したことがありました。
「たわさんのベースラインを聴け」
それから俵山さんの演奏を観に行って、シンプルで変哲もない内容から表現される寛容を体験しました。
そして収録当日も五十嵐さんが制作した教材となる予定だった俵山さんのベース音源に合わせて演奏させていただきました。
ほんの数分の時間でしたがライブを観たときの感想に加えて自由へ後押しされる風呂敷のようなバッキング、同時にシンプルだからこそ共演者も確固たるクオリティが求められるな、と思いました。
シンプルで変哲もない、と書きましたが、俵山さんの信頼を裏付けるものはこのシンプルさ由来の尽善尽美のベースラインなのだろうと今は思うことができます。
そして私が参加するとあるレコーディングに俵山さんが見学にいらっしゃった時がありました。
その時私は喫煙所で煙草を吸っていて、そこにひょっこりとお顔を出されたのです。
この頃、俵山さんが超が付く程の嫌煙家だというお話が轟いておりまして、つい私は
「すみません💦!ここ喫煙所ですよ💦!」
とビビってしまって…
この頃の俵山さんをご存じの方ならこの状況の意味がよく分かると思いますが…
電気ベースのお話を主にしましたが、やべー💦と思っていたので会話を早めに切り上げたくて…
…その後小岩のCOCHIに俵山さんとアルトサックス奏者纐纈歩美さんのデュオを観に行ったのが最後でした。
撮影の話に戻します。
とにかく今回の撮影への私の参加は俵山さんの遺品のフレットレスベースの存在により本企画の発起人であるプロデューサー兼ディレクター兼マネージャー兼カメラマン兼アシスタント兼現場監督兼インタビュアーでトランペッターの五十嵐一生さんにお声掛けいただく運びとなりました。
いろいろなことにこだわりの深い方だということは聞いておりました。
が、俵山さんが電気ベースにどの程度取り組まれていたのか、フレットレスベースに対してなにを考えていたのか、その辺は未知でした。
生前、ハイエンドベースの代表格であるフォデラのインペリアルモデルを弾いている画像を観たことがあったので電気ベースも弾かれるのだな、と漠とした認識はありました。
腱鞘炎を患ってエレクトリックベースをよく弾いていた時期があったこと、そして五十嵐さんが出会った10代の頃はエレクトリックベースがメインだったことなどを聞きました。
2010年代はウクレレベースに可能性を見いだされ、各所でウクレレベースをメインに演奏している等の話を聞くこともありました。
俵山さんの遺品のフレットレスベース
そして五十嵐さんが預かっていたフレットレスベース2本と対面…
これはwww
不謹慎承知でwwwと書かせていただきましたが、
この遺品、見る人が見れば明らかな…
エレクトリックベース、フレットレスベースにかなりのこだわりと思い入れが滲み出る…
言葉を選ばないで言ってしまえば…
完全なオタク仕様www
(wwwは不謹慎承知の上、且つ専門性と裏腹、紙一重のオタク要素に関する共通の地平にあるリスペクトを内包した表現となっております)
Bladeのフレットレスベース
まずは向かって右、Bladeベース。
※上画像は同等モデルと思わしきもの。下記リンクより拝借。
おおおおおおおおお!!!!
フレットラインないですねー!!!!!!!
弾ける気しませんね!
スイス・ブランドのBlade LEVINSONの純正フレットレスベースです。
毎日フレットレスを検索ワードにインターネットを徘徊している多くの方が出くわすブランド名だと思いますが、私はこのブランドに関して注視したことがないのでほとんど知識がありませんでした。
見た目や仕様からmoonなどに縁のある国産ベースかと思っていましたが、今回調べてスイスのブランドで有ることが発覚、私の全くの見当違いでした。
※収録ではストリングスガイドが俵山さん本人によって交換されていると話してしまいましたがBladeの純正の仕様のようです。
ヘッドが重かったのか、より軽いペグに換装されています。
プリセット・サウンドの切り替えができるアクティブモデルだったものが取り外されパッシヴ仕様になっています。
このベースで目を引くのが…
広範囲に亘るフィンガーランプです。
👇フィンガーランプとは👇
五十嵐さん曰く、俵山さんは広範囲に指置きを置く人であったと聞きました。
ウクレレベースにも割り箸を指置きにしていた、とのこと。
フィンガーランプ以上に指置きとしての機構だったと考える事もできますが、
この装着位置から俵山さんのフィンガーランプとしての意図をいくつか読み取ることができます。
①ピックアップと同じ高さのフィンガーランプになっていること
一般的にフィンガーランプはかなり演奏性に影響があり、深く指を侵入させてピッキングするスタイルだった場合、極端にレンジが狭くならざるを得ないので、指置きのためにピックアップと同等の高さにランプを装着していることはすなわち、純正ランプ使いたい派だった可能性が高いと思います。
手元に写真がないのでわからないのですが、メインで使用されていたエレクトリックベース、Foderaにもランプが付いていて、それに寄せた環境だったのでは?と想像します。
②フロントピックアップ1弦(高音弦)側のランプの形成
フィンガーランプ使用歴がある方なら共感していただける方も多いと思いますが、この位置だけランプいらない仕様、うなずけます。
メロディーなどを柔らかい音色で弾きたいときにフロント側でのピッキングを選択する方は多いと思いますが、その際、フロントピックアップより前にランプがあると指が入らず細すぎる音になってしまうためです。
これはランプ使用の試行錯誤があったのが見て取れますね。
フィンガーランプ自体はGary Willis(Tribal Tech/Wayne Shorter 4)の発案から1990年代にマット・ギャリソンやリチャード・ボナなどがFoderaベースに取り付けていることから認知が広がったように思っていますが、フィンガーランプを使用したピッキングの元祖はジャコ・パストリアスの超定点ピッキングだと思っています。
俵山さんがいつ頃、フィンガーランプに着目され、いつ頃このベースを手に入れてこの仕様になったのか、非常に興味深い点です。
五十嵐さんはライブでこれらのフレットレスベース(ウクレレベース以外の)を弾いているところは知らない、とのご認識でした。
後出リンクのインタビューにジャコ・パストリアスについて少し触れていますが、
俵山さんはコントラバス以外にも何らか、フレットレスベースに強い思い入れを持っていたことは明白です。
Fernandesのフレットレスベース
そして向かって左、Fernandes。
いわゆるジャパン・ヴィンテージ(以下ジャパヴィン)と呼ばれて久しい1980年〜1981年製の通称石ロゴ、FJB-65というモデルです。
※収録ではFender Japanの立ち上げが1983~84年と話していますが、実際は1982年でした。訂正いたします。

俵山さんが1963年生まれだということと、以下のインタビュー記事に出てくるジャコ・パストリアスモデルと語っているベースがこれなのでは? と想像します。
後述のフレットレス施工などを鑑みるに、
年代的に俵山さんのキャリアの中で最初、もしくはかなり初期に購入されたベースであることが想像できます。
私もこの頃のジャパヴィンのベース(Tokai)をメイン楽器として2015年から2020年まで弾いてきた経緯があります。
ジャパヴィンを目にするとA5サイズのグラビア誌を発見したときのようなトキメキを覚える体になってしまって久しいですが、
この石ロゴFernandesの他の一般的なジャズベースと違う主な特徴は以下2点です。
①21フレット仕様(通常のベースの一音上のEの音が出る仕様)
②リアピックアップの位置が極端にブリッジの近くに配置されている(実質リアピックアップ上で弾くのが超苦悩なレベルで70年代のジャズベの比ではない)
世の中に多く存在するフェンダージャズベース(この場合はベースの形状、モデル名を指します)由来の楽器を扱う奏者のうち、一部がメインの奏法として据えているであろうリアピックアップ上でのピッキング(主にジャコ・パストリアスなどが創始啓蒙)を困難にしています。
少なくとも私のようにリアピックアップ上でピッキングする奏法をメインに据えている場合、この楽器を弾こうとすると収録のようにパキパキの音になります。
これはブリッジとリアマイクの位置が極端に近いことにより、弦の張力の強い場所をピッキングすることになり、より中高音に寄ります。
フロントのピックアップとのミックスバランスやピッキング位置次第ではこの点が気にならない方も多いでしょう。
もう一つのベースのフィンガーランプの取り付け位置をみると推測できるのですが、俵山さんのピッキングポイントは広範囲、不定点である可能性が高そうでして、
この点を難と捉えていたかは確かめようがありません。
指板に自身で施したであろうニス塗装のようなものがあります。
もともとフレットのあるものを自分で抜いたようです。
指板の後処理のクオリティーからしてこの世代(1980年生まれの私もやりましたがw)の多くのベーシストがやった自身によるフレットレス改造の痕跡の可能性が高いと思います。
ジャコ・パストリアスに影響をうけた人間の通過儀礼ですね。ベーシストのうちのかなりの割合がここを通ってますね。思うに、他業種からするとビックリするほど'若気の自作フレットレス施工至り'の割合は多いです。
この痕跡から、上記画像のカタログのFJB-65Jというジャコ・パストリアスの仕様(見た目)に寄せたモデルではなくFJB-65ではないか、と想像します。
"俵山昌之の遺産"へのご支援のお願い
そして本記事と今回の動画の一番の目的です。
noteを通して俵山さんのご家族や番組の制作に支援をしていただくことができます。
noteを通してご支援していただける場合は必ず上記の"俵山昌之の遺産"のクリエイターアカウントにご支援をお願いいたします。
多くの方にご覧いただくため無料記事にさせていただいていますがのこの場合、記事単体の支援は機能上できないため通常の私への支援と混同しないために必ず上記リンクにアクセスしてください。
最後に
これらのベースが今後どこに行くのか、今後どうなるのか、わかりませんが私の立場で発言できることは以上になります。
多くの方々に信頼された方です。
その方の遺品を前に私なりの、私にしかできない発言機会、内容だと思います。
はじめに書いたとおり、当初は難色を示さざるを得ないセンシティブなご依頼でした。
結果、これらのベースを弾けて、この記事を書かせていただいていることに感謝しています。
この記事が少しでも俵山さんのこだわりの一面として誰かの役に立つときがきますように。
そしてなによりこの番組がご親族の支援になりますことを願っております。