ザトウクジラに共感性羞恥
私はクジラの中ではとりわけザトウクジラが好きで、「ザトウ兄さん」と呼んでいることをパートナーは承知している。そんなパートナーにザトウクジラの交尾が初めて撮影されたことを教えてもらった。これまでも観察としてはあったのだろうが、撮影が成功したことはなかったようだ。
ナショジオの記事はこちら。画像もそちらからお借りした。
「ただしオス同士」
うるせーちょっと残念そうに言うな。
自然界で同性間のオトナコミュニケーションが観察されると生物学者が頭を悩ませ始める。「これはマウンティングなのではないか。謎だ」「これは相手の性別を見誤ったのではないか。謎だ」。あらゆる動物で既に観察されていることなのに、一通り「ゲイだからじゃね?」という結論を避けて別の可能性をしらみつぶしに当たる。いやゲイでいいだろ。研究の意義は分かる。研究なくしては、たとえば性的指向に多様性があると(同性愛は異常ではないと)人類は知らなかった。ただ、それが自然界にいくらでも観察される事象でありながら、謎めいた何かであるかのような書き方に消耗する。
クジラの話なんだけどね。分かってる。
性行為であるかのようなマウンティング/暴力が異性間でもしばしば観察されており「愛の高まりでも生殖行動でもないところでも」起こることは生物学者の関心事にはならず、オス‐メス間のそれら行為はすべて「生殖行動」と大枠で括られるらしい面も併せて、不可解だなあと思うのだ。生物界でオス‐オス間にマウンティングのための性的行為が観察されるならば、オス‐メス間で起きた性行為もマウンティング目的の暴力かもしれない点を疑ってはどうだろう。同性間にみられた複雑性は、異性間にも観察されると予見することが自然であり、そこにはおそらく「謎」もあるはずだ。
私にとってこのニュースが「謎」だったのは、自分の反応である。これをパートナーから聞いたとき、説明しがたい羞恥心が沸き起こったのだ。大海原で誰にも見られていないはずの「ザトウ兄さん」の秘密が、あろうことか撮影されていて、公開された上に寄ってたかって「謎」扱いされている。まさかクジラの話で赤面するとは。「そこは騒いでやるなよ」とさえ思った。
「俺は体長15メートル体重45トン、ガチムチって言われます。ベーリング海峡で会える人いますか。できるだけシャチ少ないとこで」
そんなエコーロケーションが、あったかのように想像してしまった。
ザトウ兄さん何やってんスか。いま映画のプロモーションに響いたらどうするんですか。よりによってニュースが「52ヘルツのクジラたち」の公開初日なんですよ。きっと切ない映画なんスよ。今のタイミングはやめといて。
映画についてはさておいて。
果てしなく広い海で、カッコいいな好みだなと思う個体がいたんだろ。それがクジラにとってどれくらいの確率で起こることなのか分からないけど、きっとそれほどあることじゃない。――「今のタイミングはやめろ」なんて言ってごめん。おれが言うことでもねえわ。よかったな兄さん。