懐への入り方
どうしても立ち食い蕎麦を食べたくなるのを我慢した帰り道、最寄駅構内で団子を売っていた。そうだどうしても団子を食いたかったの我慢してたんだ……立ち止まって眺めると、すぐ試食を差し出された。すごく柔らかい。
「柔らかいですね! びっくりしました」
「この柔らかさのまま明日まで美味しいんですよぅ?」
「へえ。どうしてなんでしょう」
「もち粉だけじゃなくて小麦粉が入ってるんですよぅ?」
「企業秘密ってやつですよぅ?」と言われると思ったがアテが外れる。言いそうなのにね、教えてくれるんだ。で、もち粉だけじゃないんだ……
私はパートナーから「口元に出された物は見もせず食う」と言われた男。
だからこそ小麦粉が入っているなら試食の前に言ってくれないだろうか。
いまんとこ小麦粉アレルギー出てないけど。もぐもぐ。
いやすごく柔らかいな。団子らしさ残ってないな。むにょむにょしとる。
団子だと思ったのに。
「男性にはこちらの黒ゴマ味が人気なんですよぅ?」
男性には黒ゴマ。またでっけえカテゴリ出して来ましたなあ。
あなた、さっきの女性客にはいちご味をオススメしてたもんね。
いや地球人には草餅でしょ。こしあんの草餅ですよ。おれが好きだから地球人全員好きですよきっと。
黒ゴマ味は大好きだけど、あえてのスルー。
「いかがですかぁ? いかがですかぁ? いかがですかぁ? 」
「じゃあ、じゃあ、つぶあんの白いのと、草餅のこしあん、下さぁい」
「580円ですぅ?」
高っか。
ワゴン販売の周辺を見回す。ノボリもポスターもない様子だが、「山里で老婆が団子を焼いておりサイトもないが、客足が絶えず県外からも人が訪れる」的な、何か値段なりの物語が欲しい。そういうベタなの好きよ、おれ。
「決まったんならどけ。あっちのガキんとこで金払えよな」
「あ、ハイ」
ひょろりとエプロン姿の、高校生みたいな唐変木が突っ立っている。
「冷めきって油くさいサータアンダギーもいかがですか!」
この流れでトンマにもう一押しするやつね。ガン無視する。ガキ困惑。
「あっ聞こえなかっ……」とか自分に言ってっけど、聞こえてるよ。
押せば買う中年男だが、おまえは何もしてなさすぎだろう。あとな。
おれ、お前のあの母親、大嫌い。この団子も、お前とお前の未来も。
家に帰って、ひとり団子を食う。
うん、そうそうこれこれ。むしろマズいんだよねぇ。