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【小説】第6話『氷点下の挑戦(全14話)』

【注意】この小説はフィクションです。

登場人物は架空の人物であり、登場する場所や、小道具などは、実在したり、しなかったり、ユーモア小説としてお楽しみください。(全14話)です。
本日、第4話〜9話まで、公開。

明日、10話〜14話まで予定。

よろしく、お願いします。


「22:00」

 金城が、狭い部屋に居並ぶ本と校正原稿の山の中から残された壁に、創作の翼をはためかせ、脚本家の弟子の頃に習った小説で言うところのプロット、脚本で言うところのハコをベタベタとテープでとめて構想を膨らませていると、「プルル」と非通知着信が入った。

 金城は、無視した。無視したが着信音が10回ほど鳴る。それでも、金城は、昔、異常な小説のファンがいてしつこくストーキングされた経験から、身元不明な着信には出ないことにしているので最後まで無視した。

 だが、電話はしつこかった。計5回かかってきた。明らかにどこかで金城の番号と知ってかけている。徹底的に無視した。

「プルルル……」

 6回目ともなると、さすがに、金城は創作の邪魔になる電話に文句の1つも言ってやろうと、電話に出てこう言った。

「何度も、何度も、電話してきやがって、一体、どういうつもりや! 人の迷惑を考えへんのか!」

 言ってやった。すると、返事が返って来た。

「もしもし、金城さん、私です。担当の玲子です」

 金城は、玲子の声に驚いて、着信番号を確かめた。今度は、間違いなく、身元不明な着信ではなく玲子からの着信だ。

 玲子は、落ち着いた声で言った。

「先ほど、しつこく、身元不明な着信があったでしょう。相手は、涼宮未来本人です。この後、もう一度、電話するので、安心して、電話に出てください」

 金城は、首を捻った。

「涼宮未来が、オレになんの用なんや? あれか、どこぞの事務所みたいに、作品に、ウチのアイドルを『こう使って欲しい、ああ使って欲しい』と口出しするつもりなんか?  それやったら、オレの信条に反するから、この仕事降ろさせてもらうわ」

 かつて、金城がヒットを飛ばした時、映画化、ドラマ化のオファーがあった。金城は、小説でヒットを飛ばしたが、学んだのは脚本が先だ。出来ることなら自分で脚本も仕上げたかったが、主役のアイドル事務所の口出しが多くて投げ出した。それ以来、アイドルアレルギーなのだ。

 すると、玲子が慌てて、弁解した。

「金城さんの性格は、私も心得ています。未来ちゃんが言うには、どうしても金城さん、本人に直接、伝えておきたい気持ちがあるそうなんです。だから、番号を教えました」

 金城は、めんどくさそうに、肩と頭でスマホを挟んで応えた。
「えー、それも、同じことやろう。未来だかの気持ちを聞くことで、オレの創作物を自分の都合のいいように、誘導しようってことや。願い下げや」

 玲子は、金城にキッパリと言った。

「金城さん、未来ちゃんは違います。彼女は純粋に、あなたと話をして、伝えたいことがあるそうなんです。なんでも、決めつけて嫌がってないで、一度、直接話してください。これは、文芸夏冬からの仕事の一貫です」

 金城は、さも、めんどくさそうに返事をした。

「玲子が、そこまで言うんやったら、電話に出る。お前も知ってると思うけど、オレは、女子供にも容赦せぇへん。失言で、未来とやらを泣かせて、仕事がご破談になっても責任はとらへんからな!」

 玲子は、自信を持って、頷いた。

「もちろんです。その場合の破断は、ウチとの付き合いは今まで通り、させていただくので心配ありません」

 玲子との電話を切って30秒ほどすると、スグに、電話が非通知でかかってきた。

 金城は、ぶっきら棒に、電話に出た。

「もしもし、金城星司です。そちらは、涼宮未来さんでよろしいでしょうか?」

 すると、電話の相手は、丁寧な口調で、畏《かしこ》まって答えた。

「初めまして、金城星司先生。私、アイドルやってる涼宮未来です。何度も電話して申し訳ありませんでした」

 まるで、電話の向こうで震えているようだ。

 やけに、素直じゃないか。金城は、逆の意味で面を食らった。以前の相手は女性と男性でアイドルで違いだが、同じようなことがあった。その男性アイドルは人気絶頂で、金城の原作小説・脚本に、「オレは、もっとたくさんの女にチヤホヤされる場面を作ってくれ。そうだ、相手に、グラビアアイドルの誰それ、モデルの誰それ、売り出し中のアイドルの誰それを当て書きで登場させてくれ」と、人気があるのをいいことに下心丸出しの無理難題を言って来たことがある。当時の金城は、駆け出しで、どんな仕事でも嫌々引き受けたが、主演のアイドルや事務所が口出しした作品で成功した試しがない。アイドルの輝き過多で、物語の辻褄《つじつま》に無理が生じ破綻《はたん》するのは目に見えている。今回の未来もそのような感じならば、突っぱねようと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。

 未来は、金城相手に緊張でもしているのか、言葉がたどたどしい。

「あのー、えーっと、その、この、あれでして……」

 色々、伝えたいことで必死なのはわかるが、話がまとまってなくて、何が言いたいのかよくわからない。金城は、未来の素直で誠実な性格は、見て取れた。普段は、番組などで話す内容は、放送作家が書いた台本を読んでいるに過ぎない。自分の頭で考えていることを、自分の言葉で喋るのが苦手なのか、一向に話の要点が見えない。金城は、痺れを切らして、単刀直入に問うた。

「つまり、何を、どうしてほしいの?」

 未来は、恥ずかしそうに、呟いた。

「私のおばあちゃんとの思い出の、三ツ矢サイダーのお話を、金城先生の言葉で本にして欲しいんです」

 ほら来た。アイドルからの依頼はこういうものだ。つまり、自分では本にする力はないから、金城をゴーストライター同然に使って、自分の思いを物語にしたいのだ。

 金城は、呆れた。これ以上話を聞いても、創作の邪魔になる。玲子の顔もあることだし、未来の仕事は引き受けよう。だがしかし、未来の話を自分がカウンセラーでもないのにすべて聞いてやる必要もない。金城は、話を打ち切るように言った。

「すまない、今から、別の連載の執筆があるから、後の事は、文芸夏冬の担当編集の高橋玲子に伝えてくれないかな」

 金城も、アイドルアレルギーがあるといっても、仕事の依頼に違いない。心の中では、プロとしての誇りと、人間としての優しさがせめぎ合っていた。

「あの、先生、私……」

 と、未来が言葉をつづけようとしたように聞こえたが、せっかちな金城は、はっきり決定打を言葉にしない未来の電話を、煩わしくなって断ち切った。

 翌朝、「9:00」、玲子から電話がかかってきた。

 玲子は、開口一番、金城を怒鳴りつけた。

「金城さん、あなたはホントに女心がわかってない!」

 玲子の剣幕に、金城はたじろぎながら返事をした。

「どうした、昨日、オレとの電話の後、未来の事務所から何か言われたか?」

「はい、事務所ではなく、本人から。泣きながら『憧れの先生に緊張して、想いが伝え切れなかった』と、日付が変わるまで、悩みや愚痴を聞かされました。

 金城は、笑って「ほら、そういうことや。要は、オレを作家ではなくて、自分の心を分かってくれるカウンセラーかなんかと勘違いしてるんだ」と、心無い言葉を続けた。

 玲子は、呆れたように、答えた。

「金城さん、だから、あなたはせっかくの才能と容姿を持っているのに、いつまでも、独身なんです。いいですか、涼宮未来というアイドルは、普通の心を持った一人の人間なんです。金城さん、小説でも脚本でも、そこに書くのは出来事ではなくて、人間を描くんでしょう。そこには、色んな状況に陥って、苦しみ戦う人間がいる。そこに、葛藤が生れる。金城さんには釈迦に説法ですが、未来ちゃんをアイドルではなくて、一人の心を持った一人の人間として見てあげてください」

 金城は、玲子に、そこまで言われて、頭を掻いて答えた。

「でも、相手は虚構の姿で、多くのファンをペテンにかけて、儲けるアイドルやで、言葉半部に受け取るのが常やろう」

 玲子は怒気を含めた声で言った。

「金城さん、あなたが処女作で描いた少女は、歌舞伎町に生きる女の子の本音の姿でしょう。だから、金で身を売る少女たちの表面しか見ない多くの読者が、心の内では、そんなことはしたくない。でも、愛した男がワルで恋心を利用され、藻掻き苦しみ、涙を流している裸の心を描いたから大ヒットしたんでしょう! それをわかる人だから私は、金城さんを応援しつづけている。もう、見損ないました」

 玲子が、ここまで未来を庇うのは理由がある。未来は、幼い時から金城の作品に救われて来た。おばあちゃん子で、流行り病であっけなく亡くなり、喪失感で非行に走りそうな所を救われたのだ。その気持ちをどうしても、直接、伝えたかったようだ。

「すまん、オレが間違っとった。考えを改めるわ。涼宮未来には、玲子から上手いこと言って、謝っといてくれ」

 玲子は、間違いは間違いと、素直に認める金城の人柄が好きだ。だから、性格に多少難ありな売れない作家金城の担当を長く続けている。

「わかりました金城さん、今回は、未来ちゃんには私の方から、上手く宥《なだ》めておきますから、次回、直接、会うことがあれば、彼女のようなアイドルは表面ではすごくポジティブに見えても、内面では大きなプレッシャーと苦悩を抱えているんです。丁寧に扱ってあげてください。わかりましたね」

 金城は、玲子に叱られて、自分の頑固さが一人の愛読者を傷つけたかもしれないと後悔した。俯いて、子供のように返事をした。

「うん、わかった。次からちゃんとする」

 玲子は、笑って、「金城さん、いつまでも独りぼっちの少年のままではいけませんよ。あなたの作品を愛する読者も大人になって育って、こうして、あなたと仕事がしたいと依頼してくれる未来さんのような方もいるんですから、ね」と、言って電話を切った。

 金城は、玲子に言われて、初めて、自分の大人としての至らなさ、頑固さ、子供っぽさを突きつけられた思いだった。

 玲子の電話が終わったと思ったら、また、電話が鳴った。着信相手は、親友の山田だ。金城は、スグに、電話に出た。

「どないしたんや、こんな、朝早くから?」

 電話の向こうで、山田が申し訳なさそうに言った。

「作家のお前に、本来、頼めるような仕事やないねんけど、この後、スグ10時から18時まででええから、ウチのコンビニ手伝ってくれへんか」

 金城は、確かに若い頃、コンビニでバイトしていた経験もある。山田の店に世話になる時もあった。だが、頼むのは、いつも金城の方からで、山田から頼んでくることはない。それに、10年来はバイトはしていない。

「親友のお前の頼みやから断りはせんけど、なんか、あったんか?」

 山田は、言いにくそうに、ポツリといった。

「女房が倒れた。過労らしい。あいつ、いつも元気でそんな素振り全く見せたことなかったけど、オレの目の届かないところでの店と、従業員への配慮、子育てと、目に見えない気苦労を重ねていたらしい。例え、家族でも、わかっているつもりで、表面しか見てなかったんやなあって……」

「わかった。スグに行く!」

 金城は、二つ返事で、玄関口のスーツに着替え、車を走らせた。

「12:10」

「いらっしゃいませ」

 コンビニのレジに50歳近いおっさん二人が並んでいる。

 一人は、馴れた素振りで、レジの行列を捌《さば》く店長の山田。

 から揚げや、アメリカンドック、フランクフルト、ホットスナックケースを挟んで、入り口近くのレジに、ネイビーのコンビニユニフォームを着た金城が突っ立っている。

 と、そこへ、頭を剃り上げた、うねる毒蛇の刺青を入れた、見るからにガラの悪い男が、ビールとつまみを放り出すようにレジカウンター置いて、蟀谷《こめかみ》にミミズのような青い血管を浮かべながら吐き捨てるように言った。


「おっさん47」

 金城は、10数年前は、山田と一緒にコンビニでバイトしたことがあるが、令和、現在の商品の多様さ、オペレーションの複雑さに、まったく経験が役に立たず、まだ、戸惑っている。

「はい、私は47歳です。よく、わかりましたね」

 と、金城は客にスマイルを浮かべた。

「チッ! 違うやろ、おっさん」

 と、客は半切れ気味に、左手で人差し指と、中指を立て、スパーと口に当てた。

「すみません、お客さん。ストローつけますね」

 客は、眉間に皺をよせ、金城の顔にくっつけんばかりに睨みつける。

「おっさん、なめとんか!」

 金城には、客が何に腹を立て居るのかまったくわからない。それでも、金城は引き攣り気味に作り笑顔を作って答えた。

「なめてなど、いません。ご一緒に『からチキ』もいかがですか?」

 と、仕事始めにさらっと覚えたマニュアル通りの接客を繰り出した。

 客は、頭にきて、金城の襟を掴んで、語気を荒げて凄んで言った。

「お前、表へ出ろ!」

 金城にも、これはわかった。おそらく、客は金城の接客が気に入らず切れたのだ。そうなると、金城も小学生の頃から高校まで、極真空手で鍛えた自信がある。腕力で相手が来るなら受けて立とうじゃないかと、

「ええぞ、表でよか」と、スグに返事をした。

 すると、すかさず山田が割って入って、「お客さん、すいません。こいつ中国雑技団出身で、カンフーの達人なんですよ。47番のタバコですね、私がサービスしときます。もちろんお代もいりませんから、今回は、勘弁してください」

 と、20代を少し過ぎた男に、山田は最敬礼で頭を下げた。

 金城が、素知らぬ顔でそっぽを向いていると、山田が「こら、ジャッキー、お前もお客様に頭をさげろ!」と、金城の頭を押さえつけるようにして、無理からさげさせた。

 客の男は、山田が付け加えた「中国雑技団出身でカンフーの達人」との言葉に、多少、恐れをなしたのか、「そうか、今度から気をつけろ!」と、捨て台詞を吐いて店を出た。

 自分の失敗で、山田が客に、最敬礼までして、頭を下げたことに、金城が、不満げに言った。

「山田、いくら客でも、あそこまで下手に出るこたないやろ?」

 と、言うと、山田は、静かに首を振って答えた。

「金城、すまん。オレが無理言って、お前にまで嫌な思いをさせて」

 と、深く頭を下げた。

 金城は、慌てて、山田の肩を掴んで頭を起こした。

「山田がなにもオレに謝ることはない。悪いとすれば、オレの方や」

 すると、山田は、ブンブン首を左右に振り、「いいや、この店で起きたトラブルの責任は、すべて、オレにある」と、言って聞かなかった。

「おい、店長、レジまだか?」

 行列は、まだ、つづいている。

「はい、すぐに参ります!」

 山田は、スグに人の良い笑顔を浮かべて行列のつづくレジに立った。

 金城は、すっかり辺りが暗くなった国道を、気取ったサングラスも外して車を走らせている。

 路地を曲がって、赤信号で止まった。金城は、いきなり、自分の頭をハンドルにドンッ! とぶつけた。

 10年の間に、同じ師匠に物書きとして仕込まれた自分と山田。道を外れたが、家族の為、社会人として大人になった山田と、今だ独身で文句ばっかり言って気に入った題材しか書かない自分との差に、大きく落ち込んだ。

 ブ―――!

 ブ―――!

 ブ―――!

 すでに信号は青に変わっている。一人落ち込んで、ボヤボヤしている金城の車を後続車が急かすようにクラクションを鳴らした。

 金城は、ブルンとブルドックがするように顔を揺すって、パンパン! と、顔を叩いて車を発進させた。

 金城は、車を走らせながら、これまでの自分を見つめなおした。

(オレは、自分の実力の無さをありのままに認めることが出来ず、ただ虚勢を張っているだけや。それを知りつつ、見捨てない担当編集者の玲子、親友の山田、そして、何故だかオレに仕事を持ち込んだ涼宮未来。オレは、そろそろ、本物の大人にならないとあかんなあ)

 今のままでは、ただの一発屋。このままじゃ終われない。玲子にも、山田にも、涼宮未来にも、もっと多くのファンレターまで書いて応援してくれる人の期待に応えなくちゃいけない。オレは、変わる。絶対に、次の作品で変わる!

 と、家路に向かって、アクセルを踏み込んだ。

 つづく

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