田中長徳さんと1990年代
先週はめったにない夫婦そろって土日の休みだった。丸の内線の東高円寺に用事があったので二人で出かけ、帰りに久しぶりに荻窪に行ってみようということになった。荻窪には1995年から1998年まで住んでいた。結婚前の3年弱である。
結婚数年後に訪ねたことはあるが、既に20年ほどが経っている。馴染みの店はなくなり今どきの店が多くなったが、よく行った焼き鳥店と喫茶店は当時のままだった。喫茶店に入る。「あの店もなくなった、この店もなくなった」と70代後半の店のご夫婦と話した。
住んでいた昭和45年築のマンションもそのままだった。1階は大家さんの住居である。表札は記憶にあるお名前のまま。確かご主人は私の父の10歳上だったから、もしご存命ならちょうど100歳である。インターホンを鳴らしたがお留守のようだった。まあ代替わりしても表札をそのままにするのはよくあることだけど。
荻窪にはカメラ店の「荻窪カメラのさくらや」通称「おぎさく」がある。私がいた頃よりも中古が充実していて転居後も何度か行った。しかしなぜか街を散策する気にはならなかった。今回は二人だが結婚前に住んだ街というのは、いろいろと思い出して気恥ずかしい。
前置きが長くなった。田中長徳さんの話だった。荻窪の裏路地を歩いた。当時は小さな店がたくさんあったが、本屋さんも中華料理店もすべてなくなっていた。ここでその当時、チョートクさんこと田中長徳さんにバッタリ会ったのだった。夜だったと思う。私は結婚前の妻と二人だったが、チョートクさんと私との立ったままのカメラ談義は30分以上におよび、妻に呆れられたのを覚えている。
その後、そこにある古い店の看板の前で撮ったカメラの写真が「カメラジャーナル」の表紙になっていて驚いた。撮られた時間からあの時に撮ったものだろうと思うと楽しかった。今では手元にないが確かリコーのコンパクトカメラの回だったと思う。私の投書も何かの本で取り上げてくれて、なかなか義理堅いファンを大切にする人なのである。
チョートクさんとのことは、あちこちに書いたので詳細は省く。最初は1984年。私が大学1年の時に特別講師として日芸写真学科にゲストとして来たときだ。話の内容よりもその見た目に圧倒された。そして「間違いだらけのカメラ選び」「銘機礼賛」を読んで、「あ!あの時の人か!」と驚いていた矢先に神保町の街角でバッタリ会って一緒に歩いた。1993年頃だろうか。そして先ほど書いた1996年頃の荻窪の路上。その後は10年ほど前だったか中古店で遭遇した。私が持っていたキヤノンレンジファインダー機のブラックペイントの真贋で盛り上がった。
アラーキーこと荒木経惟さんと、チョートクさんこと田中長徳さんが大好きである。二人に共通するのは、ファンを楽しませるエンターテイナーとしての顔とシリアスな作家としての要素とを兼ね備えているということだ。そしてその両方が超一流なのである。二人とも饒舌であるが、基本的には孤独な人だ。そしてモノづくりは孤独でいなければいけないことを知っているのである。
長い経験をもつ人達だが、商売として絶頂だったのは1990年代だと思う。私は荒木の街の写真が大好きで、古い本は1980年代から古本で購入してきた。1990年代には出ると買っていた。昔は荒木などキワモノ扱いで神保町でも安かったが、この頃から高騰してきた。
チョートクさんは「カメラジャーナル」という8ページ100円の月刊誌を出していた。広告もなく通常の販売ルートには乗らず、ヨドバシなどでポイントで買うのが通だった。100号までその形態でそれ以降は少し厚い本になった。別冊なども多く出たと思う。
「カメラジャーナル」は100号まで全て買った。荒木の写真集も70冊以上持っていた。しかし2003年頃だったか、デジタルカメラを揃えるために一部のどうしても大切なものだけを残して売却してしまった。荒木の写真集は良い値がついた。霞を食っては生きてゆけない。魂を売ってデジカメを買ったのだ。しかし何でもそうだが血となり肉となっていれば現物はもう要らないとも思えたのだった。
少し前にEOS RTを買った。そのことは前回の投稿に書いた。RTの記憶。ニコンからEOSに替えたこと。あの時代の空気。何となくチョートクさんを検索していてこの本が気になった。カメラジャーナル新書4「群雄割拠のニコンF4とそのライバルたち」田中長徳。1996年9月発行。
まさに荻窪のあの頃である。私はニコンF4を発売直後に2台購入して仕事をしていた。1995年11月に2台のEOS-1Nに替えるのだが、その直後だ。ニコンF5はこの本の発売直前に発表になっていて1996年10月発売だ。「F5の発売があと1年早かったらEOSに行ってなかったかな」と考えたこともあるが、もし〇〇だったら、は考えてもしょうがない。
あの頃から仕事のカメラと私事のカメラは明確に分けていた。ゆえに仕事で使うF4やEOS-1Nは、プライベートでは触ることもなかった。私事は仕事の反動でライカなどの機械式カメラが多くなる。だからこの本は出た時には無視していた。楽しめないと思ったからだ。しかし先日、EOS RTを購入してみて、今になってこの時代を検証してみようと思い買ってみた。何と本体価格84円。
この手の別冊は「カメラジャーナル」からの転載が多く、当時は買うに値しないと思っていたが、今パラパラとめくってみると書き下ろしも多い。しかし今思うとこの当時のチョートクさんの勢いは凄いものがある。きちんとF4の時代を総括してみようと思い立って形にしてくれたお陰で、いわゆる「一眼レフカメラが最も売れた時代」の貴重な証言になっている。
歴史と時代の「時間の横軸」と、それぞれのカメラやメーカーの「個々の縦軸」。そしてそれを縦横無尽に覆いつくすチョートクさんの「表現に使えるカメラとは何かの斜め軸」とでも言うべき構成がしっかりしているのが、チョートク本の良さなのだ。
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