【寓話】人の力の及ばぬ者、人の心を持たざる者。
とある男が、他人に不法行為を働いた。
しかし男は、謝罪することも、贖罪の行動に出ることもなかった。
また、不法行為を取り締まるはずの組織も彼を咎めることはなかった。
結果的に男は、人として生きているにはあまりに恥ずかしい存在となった。
とはいえ、厚顔無恥な男は恥などというものを知らないため、日々のうのうと過ごしていた。
そして、嘘に嘘を重ねつつ、じわじわと深い病みの中へ身を落としていった。
男自身も気づかぬうちに。
しかし、そんな男に、司法の世界から救いの手が差し伸べられた。取り決め通りの賠償金を相手方へ支払うことで、その全てから解放される道が与えられたのだ。
男には資力は無かったので、あまりに多額な賠償金を一括で支払うことは無理な話ではあったが、分割で支払うことのできる収入…給与所得や事業所得、または清い給付金ではなかったが…十二分にあった。
男は、人であれば必ず僅かは残されているであろう誠意を、金銭の支払いという形で示すという約束の下、救われようとしていた。
ところが、男には誠意はおろか、初めから人の心そのものを持ち合わせていなかったのである。
その上、堕ちるところまで堕ちた男は、もはや自分に向けられたものが慈悲の施しなのか、悪意の刃なのか区別がつく状態ではなかった。
あろうことか、せっかく差し伸べられた司法からの救いの手を払い除け、後足で砂をかけた上に嘲笑ったのである。
それでは司法としても、お手上げとしか言いようが無い。
司法の力とはいうものの、元を糺せば人の力であることに相違ない。
人の力で救えぬ域まで達してしまった男。
月並みな言い方ではあるが、為す術がないとはまさにこのことであろう。
人の力が及ばぬ領域に、いわば自ら足を踏み入れてしまった男は、未だそれに気づいてはいない。
そんな男の行く末とは、いったいどんなものになるのであろうか。それは人である我々には知りたくても知ることのできない世界なのかもしれない。
ただ、男を待ち受けている運命は、人知に及ばぬ何らかの力によってもたらされるのではないか、と想像することなら、難くはない。
完