見出し画像

【エッセイ】チヨコレヰトを耽美的なものに考え出す

はじめに

 今回、本来なら先日ポカしてしまったドロドロミステリー小説を更新する予定であったが、よく読み返して確認した結果、ストーリー上にとんでもない整合性の不備を発見してしまったため、イチからとまではいかないものの、2か3あたりからは書き直して、また後日の更新とさせて頂くことを、まずお許し願いたい。

 代替として本日は、先に書いておいた、金曜日更新予定であったエッセイを上げさせて頂くことにする。

 ミステリーは、結末をどう変えようとも、整合性がとれていない部分があると、必ず読んでいて違和感が生じることとなるため、きっちりと書き上げてからでないと発表は憚られる…という私の似非A型気質(本当はO型笑)がよくない形で出てしまうのは課題かもしれない。

チョコレートの退廃とは…

 さて、本題に入らせて頂く。
 「Decadence du Chocolat」という名の、チョコレート菓子を中心としたパティスリーがある。
 私のお気に入りのお店で、ただ美味しいだけでなく、このお店と出会った経緯にとても縁を感じており、そんなわけで、どなたかに贈り物をする際にこちらの商品を選ぶことも多い。

 まず名前からして、目を引くものがあった。
 近代文学のあの一派を好む私としては、初めてネットでこの店名を目にした時は「何と!退廃的なチョコレートとは一体…」とかなりの衝撃を受けたものである。
 そのお店はネットサーフィンをしていてたまたま見つけたのだが、それは2014年4月のこと、練馬区の、畑と閑静な住宅街に囲まれたとある病院のベッドの上だった。

当選は遠慮したい超低確率

 その時の病気に関してはまた別の機会に詳細をお話しすることにするが、そう罹る確率が高くもない難病を、私はめでたく引き当ててしまったのだ。
 結果的に完治には至ったものの、3ヶ月にわたるその入院生活の「回復期」には、皮肉なことに治癒が進めば進むほどに退屈を感じることが多くなっていった。

 初期は全身麻痺状態だったため、食事代わりに点滴、検査等で移動する際にはベッドごとゴロゴロ転がされて行き、退屈も何も能動的な行動は何もできない状態であったが、徐々に回復してきた頃、退屈しのぎにスマホにてネットサーフィンをするようになった(最近の病院は、特別な事情がない限りスマホを触ること自体は特に咎められないことが多い。ただし病室での通話は禁止)

 そして、そんな中で目に止まった前述のパティスリー「Decadence du Chocolat」さんであるが、ホームページの商品写真を見てみると、スライスされたオレンジにチョコレートがかかっているものや、美しく模られた焼き菓子が何とも魅力的で、退院したら絶対に買いに行こう…通販も取り扱いはしていたが、何となくお店に行ってみたい、そう思ったのだ。

 その頃、やっと字も書ける程度に麻痺は取れてきていたため、リハビリも兼ねて「退院したらやりたいことリスト」を作っていたので、その日早速「Decadence du Chocolat」さんへ行って、お菓子を買って食べる、と書き込んだ。

無類のフランス文化好きな私め

 元来、フランス語含めフランス文化を愛してやまない私だが、あまりに有名なブランド名はともかく、今回のように、たまたま見かけたフランス語の店名や商品名等を見かけると、遠い記憶をたぐり寄せ、可能な限り意味を識りたいと、足掻く癖がある。
 ネットで調べれば一発なのだが、一応、昔とった杵柄を引っ張り出してみたくなるのである。そして、降参した時のみ、ネットに頼るのだ。

「Decadence du Chocolat」さんに関しては、Decadence、は形容詞にするとDecadetnt、先程述べた一派…「デカダン派」すなわち太宰や坂口安吾、織田作之助等、退廃の美を追求する文豪たちを表す文言として比較的日本でもそこそこに馴染みのある単語である。
 また「du」は男性名詞にかかる、英語における「of」と同義であり「Chocolat」がチョコレートを意味することは、知らない方はほぼいないくらいにこれまた有名だ。
 そんなわけで、まずお店の名前ひとつでチョコレートの退廃か…と興味を引かれずにはいられなかった。

渋谷はかなりニガテ

 では、どこに店舗があるのか…と調べてみると、当時の本店は渋谷であった。
 現在でこそ、白金台に麻布十番…高級住宅街として名高く、そして都会の喧騒とはあまり縁のない地域にお店を出しているようだが、その当時は、渋谷はちょっとなぁ…と躊躇ってしまった。

 退院しても、しばらくは自宅療養しつつ自主リハビリが必要であるとも聞いており、渋谷のような、人が多く、駅にも段差や階段の多い場所はすぐには難しい…

 というのは表向きで、そもそも私は東京の主要な街の中でも、渋谷は大の苦手としていたのだ。

 正直、あの有名なスクランブル交差点では必ずと言っていいほど眩暈を起こすし、何度か職種として必要な資格試験の受験会場として渋谷のパソコン教室を指定されたことがあったが(会場はその時によってアトランダムであった)、何故か受かった試しがなく、また、美味しいお店の新規開拓を趣味としているため、渋谷にいった際にもフラリと初めましてのお店に入ってみたりしたが、これと言ったお店とは出会えていないのである。
 …どうにも、土地と合わない。そんな気がしてならなかった。

 しかし、新宿京王百貨店や、同じく赤坂京王にも入っていると知り、そちらなら行けそうだな、と思ったのだから、本当に私は渋谷自体が苦手なのだろう。人の多さや、段差・階段の多さならそれほど変わらないというのに。

そして、転院の命は下された

 歩けも立てもせず、タコかアメーバか、はたまたくたくたぬいぐるみかという状態で運ばれてきたものの、様々な治療やリハビリにより何とか歩行器を使えば歩けるくらいになるまで面倒を見て頂いたお医者様から、ある日、かねてから打診のあったリハビリ専門科のある病院への転院の具体的な知らせを受けた。

 転院先は豊島区は大塚にある何とも古めかしい病院であり、本館と新館とが、各棟を隔てる路地の上空を跨ぐ隔階ごとに設けられた渡り廊下でつながっているという不思議な設計で、診療案内他、案内表示のフォントの古さが、また何ともいえないホラー感を醸し出していた。

 それまでの病院が新しすぎただけかもわからないが、正直、スマホのGoogleマップにて確認する限りは、外観はかなりオンボロ、おばけが出そう…そんな印象を持ったものだった。
 しかし、病院の沿革を調べてみると、その建物は私よりも一歳年上であるだけ…何だ、他人(相手は建物であり人ではないが)のことは言えないじゃないか、私も子供から見たらオンボロのおばけに見えるのかもしれないし、まぁシャーないな、と腹を括り、転院の日を待った。

 しかし、リハビリの予定が組まれているか、お見舞いに来てくれる友人知人がいる時以外は、やはり退屈で暇なので、改めて転院先の病院の周辺地図を見ていたその時だった。

 私が退院したらやりたいことノートに書くほど行きたいと言っていた「Decadence du Chocolat」さんの店舗は、渋谷や新宿、赤坂の他にもう一店舗あったのだ。
 小さな工場併設の、可愛らしい外観のその店舗の所在地は茗荷谷。区で言えば文京区に当たるのだが、当の転院先は豊島区とはいっても文京区とのほぼ区界にあることが判明、少し高度なリハビリの一環として「外出・お買い物」ができるらしいと聞いていたので、歩いて行けそうな距離であることに、私は心底驚き、そして嬉しさから思わずガッツポーズをとってしまった。
 それが巷で時たま耳にする「引き寄せの法則」によるものであるとしたら、あながちスピリチュアルな世界も胡散臭いとばかりも言えない気がしたものであった。

転院、そして夢を叶えて

 その後無事に転院を済ませた私は、それまでの病院以上にギュウギュウに詰め込まれたリハビリスケジュールに、退屈ばかりしてもいられない毎日を過ごしていたが、サボることなく取り組んだ。

 その結果なのか、お医者様の当初の所見よりもかなり早い回復を見せた私は、待ち望んでいた「外出お買い物リハビリ」に出られることになった。
 理学療法士さんに「行きたいところはある?」と聞かれた際、迷うことなく「茗荷谷のDecadence du Chocolatさんというお菓子屋さん」と答えた。
 すると理学療法士さんは地図を出してきて眺め、そこは少し距離が長すぎるから、しばらく近くの公園やスーパー等で慣らしてからにしましょう、ということになった。しかし、それでもよかった。否決はされなかったのだから。

 そしていよいよ、茗荷谷までの外出お買い物リハビリの日がやってきた。
 入院患者とはいえ、することは食べて寝る以外はほぼほぼリハビリのみ、たまに血液検査や血圧測定がある程度なので、服装はスウェットの上下であった。
 まぁまぁに茗荷谷駅前にはそぐわない恰好ではあったが、致し方ないので、そのまま行ってしまうことにした。

 そして、ようやっとたどり着いた、夢にまで見た「Decadence du Chocolat 茗荷谷ファクトリー(現・茗荷谷店)」にて、薔薇の模様が美しい、円筒形のクリアパッケージ入りのストロベリーチョコを購入した。例のチョコがけオレンジ「バレンシア」や種々の焼き菓子は、持ち合わせと折り合いが付かなかったため断念したが、私はは付き添いの理学療法士さんに良い意味で笑われるくらいに、意気揚々と、元気に病院へ帰った。

 その時購入した商品の写真のデータは、以前のスマホに入ったままなので今すぐには披露できないのが残念ではあるが、しばらくTwitter等のSNSのカバー画像にしていたのを覚えている。

現在の「Decadence du Chocolat」さん

 そんな不思議なご縁のある「Decadence du Chocolat」さんであるが、現在は渋谷店は閉店、新宿・赤坂の京王百貨店からは撤退、前述の通り白金台、麻布十番、そして茗荷谷といった、そこそこに落ち着いた場所で店舗展開をしている。
 私も、このお店には、そういう土地が似合うと思うと同時に、やっぱり通販よりも、お店で色とりどりの商品を実際に見て、目を楽しませつつお買い物をする方が楽しいし、ウキウキする、とも思った。

 そして私がこのお店に興味を抱く一番のきっかけとなった「Decadence」という、ともするとネガティブな意味合いがないとも言えない名称の一部は、元来は「19世紀頃のフランスで起こった、フランス象徴派の極端に洗練された技巧を尊んだ芸術家の一派」を表す文言だったという。
 声に出して読んだら噛んでしまいそうであるが、ニュアンスはなんとなく理解できる。
 ざっくりとまとめるならば耽美派といったところであろうか。

 なるほど、それならぴったりである。気品があり、それでいて斬新さも併せ持つ、「Decadence du Chocolat」さんの店舗や商品からするに、憶測の域を出ないが、きっとそちらの意味で命名されたのだろう。
 私の琴線に触れたのも、全くの偶然ではなかったようである。何故なら私は耽美派が嫌いではないからだ。否、愛してやまない、そちらかもしれない。

おまけ:デカダン派と呼ばれた文豪たち

 前述したような、デカダン派に分類される文豪たちの作品は、退廃の美徳を描いたものが多く、それはまさに耽美的思想のひとつに他ならない。
 しかしながら、デカダン派の代表格ともいえる太宰治が、私小説や自伝がそのまま作品として成り立ってしまうほどの退廃的な生活を送っていたイメージから、なかなか起源にはたどりつけない…という方も多いのではないだろうか。たとえば、私のように。

 ちなみに、私は太宰は人物像から作品までかなり好きである。サイテーな部分もある一方で、どうにも抗い難い魅力を感じるのだ。
 なるほど、特別な美男子ではけしてない彼が、生前恐ろしく女性にモテたというのも理解できなくはなくない。
 私も、恐らく同じ時代を生き、出会ってしまって、一緒に心中しようなどと言われたら迷いなく応じていたであろう…苦笑

 そして話は飛ぶが、耽美派として名高い三島由紀夫についてもそれなりに思い入れがある(時に、ペンネームの由来?と尋ねられることがあるが、残念ながらそうではない)

 彼の作品は前述の三者よりも難解で、話の流れを掴むには、何回もページを遡らなければならなかったような部分もあるが、読後に心に留まる何かが、他のどの作家にもないものなのである。

 そして、私が最も好きな三島作品は「鏡子の家」である。
 どれほどにこの作品に惹かれたかというと、今ではあまり使わなくなってしまったが、キャリアメールのアドレスは、そのタイトルの仏誤訳にして、15年近く変えていない。

おわりに

 さて、お菓子屋さんからはじまり、嬉しくない低確率当選による入院の話を経て、再びお菓子屋さんで完結するかに思えた今回であるが、まさか、三島由紀夫で締めくくることになるとは、書いている私も予想だにしなかった。

 全く、私の文章の流れというものは、一生かかっても護岸工事は完結しないのではないかと思うほどに、本流とは別の支流がいくつも、とめどなく湧いてきてしまって困る。

※口絵写真は実際の「Decadence du Chocolat」さんの商品ではありません。

参考「Decadence du Chocolat」さん公式HP

いいなと思ったら応援しよう!