火星人
火星人1:「しかし地球人はさ、あまりにも視野が狭過ぎないか? 本当に目に見えるものだけを見ているんだから」
火星人2:「まあ仕方ないさ。それがホモ・サピエンスだもの。昔からそんな風にできていたんだよ。嫌なら火星に帰ればいい」
火星人1:「でももう寒過ぎるしなあ。昔はそうでもなかったんだが」
火星人2:「そう。昔はね。でも今は違う」
火星人1:「あ、地球人がやって来た。すごく焦って、すごく急いでいるように見える。ねえ、どうしたんですか? あなた?」
地球人:「いやまあ、いろいろと考えることがありましてね。正直なところ火星人のように雑談ばかりしているというわけにはいかないのですよ。ああ忙しい忙しい」
火星人1:「あ、行っちゃった。本当に急いでいたなあ。あんなに焦っていったいどこに行くというのだろう?」
火星人2:「それは墓場さ。要するに、ね」
火星人1:「墓場? つまり誰かの命日ってことかな? お供え物の花とか持っていなかったけど・・・」
火星人2:「いや、違うよ。そうじゃなくてさ、結局は墓場に行くってことさ。遅かれ早かれね」
火星人1:「でもそれは我々火星人も一緒じゃないか。まったく。シニカルなやつだな。君も」
火星人2:「でも火星人は生きている間に何かを理解するぜ。そこが地球人との一番の違いだな。あいつらはね、ただ生き延びていさえすりゃあいいと思っている。でも我々は違う。我々にとっては今この瞬間が大事なのさ。火星人は常に瞬間を生きる。だからそこには希望も絶望もないんだ。動きがあるだけだ。動き」
火星人1:「でも我々は今この瞬間、ただおしゃべりをしているだけだがね。さほど立派なことをやっているわけではない」
火星人2:「一見そう見えるが本当はそうじゃない。スメルジャコフだって言っていたじゃないか? 〈賢い人とは何を話しても面白い〉って」
火星人1:「どうしてここでスメルジャコフが出てくるんだろう・・・? 理解に苦しむな。でもまあ、言いたいことは分かるよ。視野が狭い人間と話すと、こう・・・胸が縮こまるような感じがするよね。あなたとの会話にはそれがない。とにかくそういう感じなのかな? あなたの言っていることは」
火星人2:「まあそんなところさ。火星人同士にしか伝わらない言語というものがあってね・・・それは実は言語じゃないんだ。そう見える——聞こえる——というだけのことでね。表面的なスタイルそのものには実はさほどの意味もない。地球人はよくそれを取り違えるのだが」
火星人1:「たしかにまあ感覚的には分かるよ。私たちは会話を交わしているようでいて本当は別の言語でコミュニケーションを取っているんだよね。だから地球人には理解されないが、もしその辺に火星人が混ざっていたらすぐに分かる」
土星人:「やあやあ火星人さんたち。いったい何の話を?」
火星人2:「まあいろいろと・・・」
火星人1:「火星人たちの孤独についてね。なにしろ我々は少数派だから」
土星人:「それでも土星人よりは多いじゃないか! まあそれも仕方ないんだ。土星人は16万年前に別の銀河系に揃って移住しちゃったからさ。でも私の祖先だけが残った。いやいや。でも別に孤独じゃないぜ。地球人ってさ、ちょっとイライラさせられるところもあるけど、まあよく見ると可愛かったりするんだよね。コミュニケーションだってまったく取れないわけじゃない。君たちあんまり反発ばかりしていると、余計なエネルギーと時間を費やしちゃうことになるぜ。それはあんまり・・・面白くない、と、私は思うね」
火星人1:「土星人は何にプライオリティーを置いて生きているんだろう? 私には本当にそれが気になるのだが」
土星人:「そりゃまあ、いろんなものを輪として繋ぐことさ。始まりと終わりを、こう、くっつける。そうすることによって・・・世界は完結する。グルっとね。輪になるわけだ。要するに」
火星人2:「でもそうやって完結しちゃったら・・・それ以上生きる意味がなくなるのでは? 発展の余地がなくなって、退屈してしまうのでは?」
土星人:「実に火星人的な発想だな。ハハハ。始まりと終わりを繋げる、というのはだね、そんなに単純なことじゃないんだ。円になることによって我々は永遠に近付く。分かるかい? いや、分からないだろうな。きっと」
海王星人:「太陽は、あまりに遠く、我々はあまりに自分自身に近い。時はあまりに速く、同時に遅い。青過ぎる星に、赤過ぎる血が流れる。私は・・・海王星人である。死を見つめ、そして同時に・・・死を生きる」
火星人1:「あ、海王星人が通り過ぎていった。身体が透き通っていたな。何を食ったらあんな身体になるんだろう?」
土星人:「海王星人は神の言葉を食べて生きているらしいですよ。これは噂なのですが」
地球人:「ああ忙しい忙しい。宇宙人たちは本当に暇そうだな。昼間っからおしゃべりばかりして。俺たちは食っていかなくちゃならないというのに」
ミミズ:「まさにそうだ」
モグラ:「同感」
クジラ:「たしかに」
おっちゃん:「酒が欲しい・・・」
おばちゃん:「特売日だわ!」
火星人1:「まあ海王星人は特殊だとして、我々火星人のことだよ。考えるべきは。瞬間を生きる、とか言って今この瞬間何をしている? 退屈なおしゃべりを続けているだけだ。まったくね・・・」
火星人2:「ということで、火星人のダンスを踊ろう。いっちにいさんし、ごおろくしちはち・・・」
土星人:「あ、行っちゃった。まったく火星人なんて・・・。あいつらは自分が特別な人間だと思い込んでいるんだよな。地球人の方が少しだけウホウホの度合いが高いってだけなのにね。火星人であるというのは呪いであり、同時に祝福でもある。あいつらは・・・どっちに転ぶのかまだ分からないな」
冥王星人:「私はもはや惑星ではないが、今でもこうして回り続けている・・・」
土星人:「まったく・・・。ちょっとはみんなあの冥王星人を見習ったらいいんだ。不平も言わず、グルグルとただ回り続けている。あ! 今お尻を触ったな? 私のプリプリのお尻を! ああ! 追いかけようにも軌道が違い過ぎて追いかけられない。しかもこの輪っかが邪魔だ。これさえなければ・・・」
僕:「なんだか賑やかな街ですが、どうやら三重県の海岸沿いに位置しているみたいです。みんな〈三重県人〉だったんですね。僕は三重県には行ったことがありませんが・・・」
おっちゃん:「ああ、金も欲しい」
おばちゃん:「特売日、明日だったわ!」
ミミズ:「まさに!」