村山亮
蛇人間が見た、流動的な世界のあらまし。長編小説。
僕はコンビニでバイトをしているのだが、昨日こんな客が来た。 「えっと、あのう……63番のタバコを、一つ……」 「あの、身分証明書はお持ちですか?」 「え? 俺?」と彼はひどく驚いたように言った。「いや、持ってねえっすよ。いや、まいったな」 「だってほら、学生服着ているし、外の高校生のグループと一緒にやって来たから。あの、うちの近所の高校でしょ?」 「いや、俺ってほら……たしかにその高校っすけど、ほら、2回留年しちゃってるんで、今年の6月に20歳なってるんすよ。いや
さて、ついに今年も11月がやって来てしまいましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 僕はというと……実はツインピークスを観ていました。もちろんそれだけではなくて、小説を書いたりバイトをしたり筋トレをしたりランニングをしたり……といつものルーティーンをこなしてはいたのですが。 "Twin Peaks"(ツインピークス)というのはマーク・フロスト(Mark Flost)とデイビッド・リンチ(David Lynch)が製作したアメリカのテレビドラマで、オリジナルシリーズは1
2024年10月始め、都内某所にある公園。 小松菜たべる(32歳、男、A型、犬好き):さて、みなさん。ついに十月がやって来ましたが、いかがお過ごしでしょうか? 僕は八月にパリから帰って来たのですが、それから1ヶ月半もの間、厳しい修行に励んでいました。何のためか? もちろん選挙です。もう少しで僕の故郷、小松菜県小松菜市で知事選挙があるのですが、僕はそれに立候補することにしたのです! (注:ここまでの経緯を詳しく知りたい方は「盆踊り世界選手権2024」を参照) ジャン(フラン
違和感は知らぬ間に僕の部屋に住み着いている。いつだってそうなのだ。僕が呼んだわけでもないし、どうしても来なければならない必然性もない。しかしいつもいるのだ。そして僕の邪魔をする。 「そう、毎日ダラダラしてつまらなくないかい?」と僕は言ってみる。彼は太っていて、床に寝転んで漫画本を読んでいる。 「うん、まあ……ね」と彼は言った。 「まあねってどういうことだよ?」と僕は言う。「というかさ、また大きくなったんじゃない?」 「うん? そう……かな。言われてみれば」 「そう
カバ山さんは僕の会社の上司で、いつも笑っている。あまりにも大きく口を開けて笑うので、顎が外れてしまうんじゃないかと心配になるほどだ。でも少なくとも僕の知る限りにおいては、彼の顎は外れたことがない。二、三分、ガハハハハと豪華に笑ったあと、すぐに真顔に戻り、真剣に仕事をこなす。その「緊張」・「リラックス」モードの切り替えについては、僕はいつも尊敬の念を抱き続けてきた。 カバ山さんはかなり大柄で、会社中の誰よりも大きい。きっとスーツだって特注なのだと思う。髪の毛は全然なくて、
ようやく暑かった八月も終盤に差し掛かり、かろうじて(少なくとも前よりは)過ごしやすくなってきた今日この頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 僕はまあ似たような毎日を送っております。はい。 いやあしかし暑かったですね(今日も十分暑いけれど)。日中は外に出るのが憚られるくらいの暑さでした。サウナみたいだし。逃げ場がないし……。僕は去年の夏は仙台にいたので、それと比べると東京(都西部)はやはり暑いです。夜走っているときに何度も熱中症になりかけました。水のボトルと(腰につ
2024年、8月。パリ、コンコルド広場 小松菜たべる(男・32歳・A型・小松菜県小松菜市出身・犬好き):いやあ、ついにやって来たな。コンコルド広場。厳しい練習の甲斐あって、僕は「盆踊り世界選手権2024」の日本代表に選ばれたのだ! いやあ努力してきてよかったなあぁ。ってあれ。会場には観客席やテントがあるけど、人がいない。どうなっているんだ……。おい、通訳のジャン! 教えてくれ! ジャン(通訳・33歳・O型・蟹座):ムッシュウ。怒らないでください。実はつい先日までここでは「
6月8日、土曜日、東京都西部の街を出発し、宮田氏の運転する車に乗って、一路大房岬を目指す。大房岬というのは千葉の房総半島の南西部にある岬のことで、太平洋戦争中には連合軍の本土上陸に備えて海軍の重要拠点となっていた。今回は宮田氏の仕事で使う撮影に同行させてもらった(ちなみにだいぶさではなくたいぶさです。珍しい読み方だ)。 とはいってもいきなり渋滞である。宮田氏は前の週に一度行っていたのだが、そのときはここまで混んでいなかったそうだ。残念。こればかりは東京に住んでいる以上仕方の
『容器 (1)』の続き 二 Tが入院した、というメールが来たのは、それからほぼ三ヶ月後の、十二月の半ばのことだった。アルバイトが終わって、夜十時半にアパートに帰り、それが届いていることに気付いた。知らない番号からのもので(それはショートメールだった)、Tの妹のフルネームが件名に書いてあった。「突然すみません」と本文にはあった。「実は兄が入院しまして。都内の――病院、というところです。どうも高いところから落ちて、脚を骨折したみたいです。両親に連絡が行ったのですが、兄本人は
一 測量師の木村和彦は仕事を辞めた。特に仕事内容に不満があったわけではない。給料は高くはなかったが、安定していたし、そのまま勤めていればいずれ昇給する見込みもあった。しかし同じ会社の上司たちについて考えたときに、こんなふうにはなりたくない、と感じていたことは事実だ。もっともそんな気持ちを表に出すことはなかった。彼は良くも悪くも、場の空気を乱したりはしない人間だったのだ。穏やかに、目立たないように、これまで生きてきた。だからどうしてTが大学時代に自分を友達にしようとしたのか
2024年5月25日、土曜日。皆様はいかがお過ごしでしょうか? 今日は曇っていて、さほど気温は高くない。僕が住んでいる部屋からは、鳥の声がすごくよく聞こえる。何の鳥か分からないけれどチュンチュン、と近くで鳴いたあとに、おそらくは同じ種類の別の鳥が遠くからチュンチュン、と返す。彼らは何の話をしているのだろう、と僕は思う。鳥には鳥にしか分からない言語というものがあるはずだ、という気がしている。 以前東京にいたときには、(マンションの)目の前が保育園で、日曜日や祝日以外には、
皆様は東京都八王子市南西部に位置する「浅川地下壕」なるものを知っているだろうか? 僕は知らなかった。つい一週間前までは。 浅川地下壕というのは太平洋戦争末期(1944~45年)に、陸軍東部軍の指揮の下、佐藤工業・大倉土木によって掘られていた、総延長約10kmにも及ぶ坑道群のことである。もともとは陸軍の倉庫として使う予定だったものだが、1944年11月から始まった米軍の空襲から逃れるために、中島飛行機という会社が疎開工場として使うようになった。「中島飛行機」というのは当時の日
さて、お彼岸も過ぎて三月も末になり、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 僕はこのように生きています。あれ?……と周囲を見回すけれど、たぶん生きているのだと思う。ここは夢の世界じゃないよな。きっと……。 それはいいとして、まあ懲りもせずまた引っ越しました。以前住んでいた(つい10ヶ月ほど前のことなのですが)東京の外れです。いやいや。こんなことになるとは……。 でもとにかく来てしまったのだから仕方がありません。先の一週間はとにかく眠くて仕方がなかった。引っ越し前後からあま
寒くなったりあったかくなったり、すごく変な天気が続いている二月だけれど、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 仙台では昨日雪が降って、今日は自転車で移動するのが大変でした。転びそうになりながらなんとか歩道を漕いで・・・危うくバイトに遅れかけたけど、なんとか間に合いました。ふう・・・。 実は1月7日に実家まで自転車に乗って帰って、そして同じ日に自転車で帰ってくるという荒技を成し遂げたおかげで(往復150kmほど。ママチャリを漕ぎ続けました。ああ疲れた)、左膝を痛めてしまいまして
片側坊主:おおっ! これは! 片方だけの手袋。しめしめ。これはお宝だぞ。見たところ子供のもののようだ。(チラチラと左右を見る)。大丈夫、大丈夫。誰も見ってませんっと。(拾い上げて麻の袋に入れる) 片側刑事:お前! 坊主ともあろうものがこんなことしやがって! 和尚さんに言いつけてやるぞ! 片側坊主:そんな! それだけはご勘弁を! 和尚さんは最近人生にフラストレーションを溜めていて、酒を飲んでは僕を菜箸で突くんです。痛い、やめてったら和尚さん! と僕は何度も叫びます。でもその
僕は生まれてから24歳まで宮城県民だった。その後7年間の東京生活を経て、去年(2023年)の5月に、また仙台に戻ってきたわけだ。生まれたとき両親は仙台市泉区に住んでいて、僕が3歳の頃に宮城県の外れにある栗原郡一迫町の父の実家に戻った。そこは現在合併をして、栗原市となっている。宮城県北部、岩手県との県境に位置している。だから仙台からは結構距離がある。かつては高速バスか、車に乗って行き来していた。高速に乗って一時間ちょいの距離である。はい。 実は2023年5月に帰ってきてから一