読書メモ:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~(経済産業省, 2020)

昨日に引き続き、「リカレント教育」や「リスキリング」について、どのような議論がなされているのかを理解するために、関連する文献を読んでいます。今日は、通称「人材版伊藤レポート」と呼ばれている、経済産業省が2020年に公開した資料を読みました。
恥ずかしながら今まではサマリを流し読みした程度だったので、今回はじっくりと読んでみました。

読んだ文献

持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~(経済産業省, 2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf

要約

この報告書は、企業価値の持続的な向上における人的資本の重要性について議論したものです。 企業の競争力の源泉は人材であり、人材は「材」ではなく「財」であるという認識の下、人的資本への投資は企業価値創造の中核となります。
近年、企業価値の主要な決定因子が有形資産から無形資産、特に人的資本に移行しています。従来の日本型雇用慣行は、変化の激しい現代においては、企業の迅速な適応を阻害する側面があります。
グローバル競争やデジタル化の進展の中、イノベーションを通じた新たな価値創造には、多様な個人が意欲的に活躍できる環境が不可欠です。
本報告書では、企業価値向上のための人材戦略を、「3P・5F モデル」として提唱しています。

特に関心を持った箇所

企業の人材戦略には、このギャップを適合させ、新たなビジネスモデルや経営戦略を展開させ、持続的な企業価値の向上につなげていくことが求められる。このためには、経営陣、特にCHRO(最高人事責任者:Chief Human Resource Officer)のイニシアティブで人材戦略を策定し、経営陣のコアメンバー(5C:CEO(最高経営責任者:Chief Executive Officer)、CSO(最高経営戦略責 任者:Chief Strategy Officer)、CHRO、CFO(最高財務責任者:Chief Financial Officer)、CDO(最高デジタル責任者:Chief Digital Officer))が連携して戦略を実行することが必要になる。加えてCHROには人材戦略を従業員や投資家に積極的に発信・対話する役割が重要となる。また、こうした経営陣の取組を監督・モニタリングする取締役会の役割、そして、経営陣と経営戦略や人材戦略について対話する投資家の役割も重要となる。

人材戦略は、産業や企業より異なるものの、俯瞰してみると、3つの視点 (Perspectives)が存在する。①経営戦略と連動しているか、②目指すべきビジネスモデルや経営戦略と現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握できているか、③人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか、という点である。

人材戦略の具体的な内容として、5つの共通要素(Common Factors)が抽出される。まず、①目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを構築できているかという要素(動的な人材ポートフォリオ)が抽出される。他方、人材ポートフォリオ築できても、多様な個人ひとりひとりや、チーム・組織が活性化されていなければ、生産性の向上やイノベーションの創出にはつながらない。こうした
観点から、②個々人の多様性が、対話やイノベーション、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあるのかという要素(知・経験のダイバーシティ&インクルージョン)、③目指すべき将来と現在との間のスキルギャップを埋めていく要素(リスキル・学び直し)、④多様な個人が主体的、意欲的に取りくめているかという要素(従業員エンゲージメント)が抽出される。そして、新型コロナウイルス感染症への対応の中で、更に明確になった⑤時間や場所にとらわれない働き方の要素である。

また、従業員のリスキル・スキルシフトや再配置を重要なアジェンダとして設定した企業では、従業員一人当たりの教育訓練投資額や部門を超えた異動率等が考えられる。例えば製造業の海外企業では、毎年500~600億円の人材投資を行うとともに、将来の幹部候補となる人材の部門間の流動性についてKPIを設定している企業もある。

変化のスピードが速い現代においては、人材ポートフォリオのギャップを埋めるリードタイムが競争力に直結することから、平時から、リスキル、再配置や部門を越えた異動、経営者候補も含めた外部人材のプール、起業・転職支援等に取り組むことが必要となる。また、M&Aやスピンオフ等により大胆に人材ポートフォリオの最適化を図ることも選択肢の一つとなる。

自分にとっての学び

「リカレント教育」や「リスキリング」について調査することが目的でしたが、その他の人事・組織に関する重要な論点についても理解を深めることができました。人事・組織のどの領域に取り組むにしても、まず経営戦略上の位置付けを明確にしてから進める必要があると改めて感じました。
資料内には人的資本に関する適切なKPIを設定する重要性が示されており、経営や事業と連動したKPIを効果的に策定するには、本社の経営企画や事業責任者としての経験が求められる部分だと感じます。人事・組織の専門知識を持ちながら、他領域も広く俯瞰できる人材は希少ですが、適切な人材をCHROとして配置することで経営へのインパクトは非常に大きいと感じました。これまで私は、COOとCHROの領域は不可分であり、役割分担が難しいと考えていましたが、本報告書を読むことで専門ポストとしての必要性とその意義が理解できました。

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