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13-23.第10回会談(2月9日)
1月25日から実質的に始められたこの会談も10回目となります。全体の7〜8割程度は固まりつつあるといっていいでしょう。
この日は会談というよりも、ハリスを教師とした授業のような様相でした。日本側からの質問に対してハリスが答えていくといった形式です。内容は、昨日の続き貿易規則についてです。
ハリスは冒頭、「一体魯西亜は、貿易の思慮百年前までは、外国より遥かに劣り、布恬廷は格別の豪傑には候へども、交易の事に拙く、其の条約書面を見候ても、其の拙きは相分り申し候。第一日本の御収納相成る可き廉を落し、過料の出し方も無理にて、奸民を戒むとて、多くのものに冤罪を蒙らせ候仕法に御座候」(「近世日本国民史/堀田正睦(四)/徳富蘇峰」Kindle版P453)と述べてその不備を指摘し、次いで自らの提案した規則の正当な事を述べました(「私仕組み申し立て候条約は、船ごとに残らず運上役人の手に帰し、十分に差配出来候様いたし置き候」(徳富同書P453))。
日本がハリスに寄せた信頼
そのあと、矢継ぎ早に日本側からは、入港船舶の荷物の確認方法並びに夜間における取り締まり方法、違反した場合の罰金、関税などについて質問が出され、ハリスは時に図示しながら丁寧に説明をしています。
そうして、日本側はハリスに向かって、他国の条約とも見比べてみたが、「其許格別に日本の益筋を勘弁いたし、一体の仕組み方相立て、過料の利弊を述べられ候処も、尤もに相聞え候間、差出され候書面の通りに据置き申す可く候」(徳富同書P456)と述べるのです。
ハリスへの全幅の信頼を公言したことになります。それに対してハリスは、「私真実に存じ込み申し上げ候趣、ご採用下され有り難く存じ奉り候。誓って申し上候。譬へ私の品輸出仕り候とも、此の通りの手続きに取計らひ、微塵も私意を挟み申さず候」(徳富同書P456)と、その信頼に対する感謝を述べ、続けて来月9日のワシントンの誕生日に条約調印をしたいと述べました。ハリスの日記にはこうあります。
「彼らは、こう言った。貴下は疑いもなく、今我々のために非常な苦心を払って貿易規定を作成されている。我々は貴下の親切に感謝する。我々は貴下の廉潔に全幅の信頼をおいているので、それらを原案のまま認めると」(「ハリス日本滞在記(下)/坂田精一訳」P162)
ハリスも悪い気持ちはしなかったでしょう。条約締結までも遠くないと感じたと思います。
トン税・輸出税
次いで、日本側からの租税の仕組みについての質問に、「租税の仕組みは、国家の収入にとって最も大事なものなので、これから話す事を注意深く聞き取り、日本政府の勘定方の役人にもよく言い聞かせてほしい」と、ハリスはかなりの熱量をもって詳細に説明します。
ハリスは、入港船舶のトン数にかけられるトン税と、輸出税に強硬に反対意見を述べました。オランダ・ロシアとの条約には、そのいずれも記載されているものです。
ハリスは、世界における大商業圏であるイギリス、アメリカともにそれらを徴収しておらず、国家の収入に資するものでもないだけでなく、間違いなく日本の貿易の繁盛をも阻害すると強調しました。日本側は、輸出入の検査方法、ならびに罰金の取り方なども質問しています。
関税
続いて関税についてとなりました。草案には日本へ輸入される品目について、無税・10%・35%の三分類と、それ以外の品目の20%と記載されていました。
35%もの関税が課されるものは、「酒」(蒸留・醸造のアルコール類全て)、無税となるものは、貨幣と金銀、並びに日本にいる居留者向けのものです。「酒」の高関税に関しては「奢侈品」という理由がハリスから説明されました。ハリスからの一通りの説明を受けたあと、いずれ勘定方の役人から再度詳しく説明を受ける機会をつくってほしいと申し出、ハリスに了承されました。
ハリスの提示した関税率は、清の南京条約でのそれ(一律5%)とは大きく異なっていることに注意すべきでしょう。
この日の会談はこれで終了します。この日は旧暦安政4年12月26日の年末でした。日本側は正月休みを含む休止を申し出ます。その際、日本では通常7日間の正月休みをとるが、貴公をながくこの地に引き止めることになるので、それを3日だけとることとすると、ハリスに告げました。
そして、次の会談までに条約文を清書し、修正と変更の箇所が日本語に翻訳されることとなりました。
徳富蘇峰のハリス評
さて、徳富蘇峰はここまでの会談を総括して、以下のようにハリスについて述べています。
「改めていう、ハリスは決して自国の利益を犠牲として日本の利益を図ったものではない。されど自国の利益に衝突せざる限度においては、むしろ公明・親切・友誼の心もて、日本の利益を図ったものだと認めざるを得ない」(徳富同書P469)
わたしも、その通りだと思います。
続く