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12-5.ハリスの大演説
重大通信の開陳申し出
翌日8日。ハリスは堀田宛に「日本の利害に関係の深い若干の重大な通信を用意しており、それを堀田か、あるいは閣老会議の全員に知らせたい」といった内容の手紙を書き、それを井上に託しました。この「重大な通信」こそ、出府前に下田奉行井上がハリスから聞き出そうと懇願したものの、ハリスからは拒絶され続けていたものでした。
そうして、12日にハリスは再び堀田邸へ訪れることになりました。そこには、接待委員も集められていました。ここで、ハリスは2時間にも及んだ大演説をおこなうのです。今で言えばプレゼンテーションです。ハリスの英語をヒュースケンがオランダ語にし、そのオランダ語を森山が日本語に翻訳、しかもヒュースケン話すオランダ語の意味がわからない時は都度、説明を受けるといった、実に手間のかかる演説会でした。日本語の概念すらない言葉も多数あったと思います。ハリスはそこで何を語ったのでしょうか。
これまで取り上げてきたハリスの日記ではなく、それを堀田たちがどう聞いたのか(つまり、日本側の議事録)からみてみます。出所は「近世日本国民史/堀田正睦(三)/徳富蘇峰」Kindle版です。当時の文章そのままでご紹介します(漢字は改めた)。
この議事録は、「大日本古文書/幕末外国関係文書之一八」のP104〜125に収められており、それが出所元。
演説冒頭
ハリスはまず、「語ろうとする内容は、わたし自身だけでなく大統領も日本にとっての重大の事としており、自国のためでなく、あくまでも日本の大君のためを思ってのものであるということを理解してほしい」と述べます。
「今日申し上げ候事件は、大切の義大統領に於ても、尤も重大の義と存じ居り候」
「申し上げ候義は、いづれも懇切の辺より出で候事にて、大君殿下を大切に存じ居り候義につき、右御心得を以て、御聞取り下さる可く候」(以上「徳富同書」P360)
次いで、「今日話す内容は、極めて明白な事実のみで一切の隠し事はなく、ただ日本のためを思ってのことである」とし、その理由として「なぜなら、日本において、外国と初めて条約を結んだのがアメリカであるからで、大統領は日本を親友とも思っているからだ」と続けました。
「今日申し上げ候義は、いづれも包み置き候義は仕らず、掌の如く極めて明白にて、聊かにても隠し候義は御座なく候」
「大統領日本政府の為に大切と心得候義は、包み置き候事、何分相成り難く、右は懇篤より出で候次第につき、何事も伏蔵なく申し上げ候義に御座候」
「合衆国と条約なさせられ候は、御国において、外国と条約御結びなされ候初めての義故、大統領において、御国の義は、他国と違ひ、親友と相心得居り申し候」(以上「徳富同書」P361)
アメリカという国について
ここまで、話者たる自分の資格と、話さなければならない理由を演説の前段として述べています。次に、アメリカという国の説明にはいります。そのポイントは、「アメリカは領土拡張の野心は微塵もなく、これまで戦争で領土を獲得したこともない国である」でした。
「合衆国の政府においては、他方に所領を得候義は禁じ申し候」
「是れまで壱理たりとも、干戈(筆者注:戦い)を以て合衆国の部に入れ候義は、決して御座なく候」(以上「徳富同書」P362)
嘘を見抜く委員たち
ここまでが、いわゆるプレゼンテーションの「つかみ」にあたる部分だと思います。しかし、ここには嘘も含まれています。アメリカが「明白なる運命」として、西への領土拡大をはかってきたこととは明確に矛盾するからです。ハリスはそれを日本人が知っているはずがないと思っていたのでしょうか。しかし、日本側はこの嘘を見抜いてました。
この嘘は、後日海防掛の勘定奉行らから、オランダからの別段風説書をはじめとする海外事情からみて、メキシコとのテキサスをめぐる領土戦争、ならびにキューバを巡る戦争などの事実を列記し、「不審の廉これ有り」として、「容易に御信用は相成り難き筋と存じ奉り候」(出所:「徳富同書」P389)と反証(後述)がでています。
しかも、痛快なのは以下です。
「前書書抜メキシコの和親、干戈を用ひ候上仕成し候儀は申すに及ばず。去る寅年(安政元年)彼の国使節ペルリ神奈川え渡来の節、数艘の軍艦連れ参り候は、もし御国にて条約相拒み候はば、直ちに干戈を動かし候存意に相違もこれ無く、帰路琉球国え罷り越し、押して条約取結び候次第もこれ有り、偽りの儀と相聞え申し候」(「徳富同書」P392」)
つまり、4年前のペリーが、軍艦を引き連れてやってきたのは、日本が条約を拒めば、戦争に訴えるためのものではなかったか、というのです。これはもっともなことです。
もし、この反論がこの当日にでたら、ハリスはなんと答えたでしょうか。
この日本人の心象を知ってか知らずか、ハリスの大演説はまだまだ続きます。
続く