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12-6.ハリスの大演説その2
世界の大勢
ハリスはここから、世界の大勢を説き、特に蒸気船の発明により世界がいかに縮まったか、その具体例として、カリフォルニアから日本までは18日間の距離となったことを述べます。そうして「世界の交易が盛んになり、一層富めるようになっている」「世界は統一された家族のようにありつつある」と述べました。
「右蒸気船発明より諸方の交易もいよいよ盛んに相成り申し候」
「右様相成り候故、西洋諸州いづれも富み候様罷り成り申し候」
「西洋各国にては、世界中一族に相成り候様いたし度き心得にこれ有り、右は蒸気船相用ひ候故に御座候」(以上「近世日本国民史/堀田正睦(三)/徳富蘇峰」P363)
開国の必須事項
さらに、「もはやどの国もその態勢を拒むことはできない」と、暗に日本の体制を批判し、「開国」の二大方針である「公使駐箚」「自由貿易」の2項目を述べるのです。そして、それはアメリカのみが望むものではないと言うのです。
「いづれの政府にても、一統いたし候義を拒み候権はこれ有るまじく、右一統いたし候につき、二つの願ひ御座候。其の一は、使節同様の事務宰相ミニストル一名アゲントを、都下(筆者注:首都のこと)へ置付け候様致し度き儀にこれ有り候。一方の願ひは、国々のもの勝手に商売いたし候義相成り候様いたし度く候。右条件の願ひは、亜墨利加のみにこれ無く、国々の懇望に御座候」(徳富同書P363)
ここで、堀田から質問が入りました。「アメリカのみの要望ではないのか」というものです。ハリスは「この2つ(公使駐箚と自由貿易)はアメリカのみではなく、諸国の希望である」と回答しました。
イギリスの脅威
しかし、続けて「アメリカはそれしか望んでいないが、他の諸国は異なる」と述べ、ヨーロッパ諸国、特にイギリスの脅威を煽るのです。
「日本の危難は、落掛り居り申し候。差続き欧羅巴各国の事に御座候」
「英吉利国の水師提督ヤーメス・スチルリンク取結び候条約は、彼の政府にては不伏御座候。彼の政府の心得にては、日本との交はりも、各国同様にいたし度しとの事に御座候」(以上徳富同書P365)
ヤーメス・スチルリンクとは、前述したスターリング(「9-2.スターリングとの交渉」)のことです。彼の2度の来日経緯、並びに彼との間に結んだ「日英協約」も前述しました。具体名がハリスから告げられ、彼の話す内容の具体性が明らかになりました。
さらに、ハリスは、「英吉利は、日本との争戦致し候義を、好みて心掛け居り候。右の次第は、次に申し上ぐ可く候」(徳富同書P365)と述べた後、イギリスは東インドの所領(日本を含むアジア)へのロシアの進出を非常に恐れている、フランスと組んでロシアと戦ったクリミア戦争も、ロシアの進出を阻むためのものだった、ロシアがサハリン、アムール諸島を領有していることは、清国を北から横領されるのではないかと、イギリスが恐れている。もし、ロシアが清国を領有してしまえば、イギリス領有の東インドも狙われてしまう、そうなればロシアとイギリスの再度の戦争は免れ得ない。イギリスは、そのロシアを防ぐ為に、サハリンと蝦夷函館を領有しようとするだろう。なぜなら、そこがロシアを防ぐ為には格好の場所だからだと続けました。
ハリスが、どこまで本気でそう思っていたのかはわかりません。おそらくは、相当な誇張や脅しも入っていたはずです。しかし、それを聞く堀田や接待委員たちは、全員が「武人」です。軍事的な面からいえば、筋は通っていますし、しかもクルチウスの伝えたアロー戦争の勃発も彼らは知っていたので、あらためてイギリスの恐怖を感じたかも知れません。
アヘン戦争
その後、ハリスの話はアヘン戦争へと転じます。清国も日本と同じように西洋とは交わりを持たない国だ、その戦争は、首都に公使がいれば防げたものだったかも知れない。清国政府は現地広東の役人にすべてを任せ、政府は一才関知しない方針だったので、現地の役人のイギリスに対しての対応のまずさが戦争を引き起こし、ついには清国の港の多くはイギリスに占領され、巨額の賠償金までとられてしまったと述べました。そして、このまま行けば清は、すべてイギリスやフランスの思い通りの国になってしまうと述べます。
「只今の姿にては、何事も英吉利・仏蘭西の望み通り聞済み候相成り申す可く、左もこれ無くば、全国皆英・仏両国の所領と相成り申す可く候」(徳富同書P369)
そして、再び公使が首都に駐箚していたならば、アヘン戦争だけでなく、今のアロー戦争も防げたはずだと断言するのです。これは、誇張に過ぎます。
「天に誓ひて申し上げ候。只今の戦ひも、アゲント(筆者注:エージェント)北京に罷り居り候はば、必ず起りは仕るまじく候」(徳富同書P369)
続く