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12-7.ハリスの大演説その3

野心なきアメリカ

ここまで、ロシア、イギリス、フランスの東洋における野望と野蛮なおこないを説いてきたハリスは、「一方」と話を自国へ転じ、一切の野心がないことを説明します。
 
英吉利イギリス仏蘭西フランス両国政府より、唐国とうごくの戦ひに荷担いたし候頼み越し候へども、大統領断りにおよび候」
「全体唐国にて、亜墨利加アメリカ人を取扱ひ候事につきては、自国政府不快に存じ居り候義も御座候ござそうろうへども、人に荷担いたし、戦争仕向け候義は相断あいことわり一切つかまつらず候」。(「近世日本国民史/堀田正睦(3)/徳富蘇峰」P370)
 
ここで「唐国」とあるのは、清国のことですが、当時の日本人は隣の国をずっと「唐」、その人を「唐人」と呼び表していました。

アヘンの害毒とイギリス

ハリスは、再びアヘン戦争に話を戻し、アヘンの害毒とイギリスの「極悪」なことを説き始めます。「唐国争乱の基本は、一つこれ有り候。右は阿片(あへん)に御座候」(徳富同書P371)とし、戦争の原因がイギリスが持ち込んだアヘンにあり、それによりアヘン中毒者が蔓延したことを述べます。

次いで、その害悪を知りながら、イギリスは金儲けのために、清国にそれを売り続けたと言うのです。そして、イギリスは日本にもそれを持ち込もうとしている。しかし、アメリカはイギリスとは違う、大統領もアヘンの交易は禁止すべきだと言っていると述べました。
 
「右の通り唐国の害には相成り候へども、英国にては利益の為、其の害をいとわず、少しも禁じ申さず候」
「英人は日本にても唐国同様、阿片を好み候ものこれ有るしと、持ち渡り売弘うりひろめ度き志願しがんに相見え申し候」
「合衆国大統領、日本の為に、阿片を戦争よりあや踏み居り申し候」
「亜墨利加人上陸、阿片持越し呑弘のみひろめ候儀これ有り候はば、阿片取上げ、御焼おやき捨ての上、過料御取立かりょうおとりたてなされ苦しからず候」(以上徳富同書P374)
 
ハリス自身も、アヘンの禁止については確固たる信念を持っていました。確かに、この後締結されるアメリカとの条約には、「アヘンの禁止」が盛り込まれています。ちなみにハリスは「イギリス嫌い」でした(出所:(徳富同書P373)。この当時のアメリカは全体的に反英感情が強かったのです。

日本の現状

ここまで、イギリスがいかに危険な国であるかを述べたハリスは、戦争の恐怖を煽り、だからこそ公使の駐箚が必要なことを述べ、日本の現状へ話を向けます。日本は、数百年の太平に慣れすぎていると。
 
「大統領誓って申し上げ候。日本も外国同様港御開き、商売御始め、アゲント御迎おむかへ置かれ候はば、御安全の事と存じ奉り候」。
「日本数百年戦争これ無きは天幸てんこうと存じたてまつり候。余り久しき治平ちへい打続き候へば、かへってその国の為に相成らざる事も御座候」。(以上徳富同書P374)
 
そして、日本人の自尊心をくすぐりつつ、居並ぶ接待委員にとって耳が痛い真実を述べます。
 
「大統領考へ候には、日本人は世界中の英雄と存じ候。もっとも英雄は、戦ひの節に臨み候ては、格別たっときものに御座候へども、勇は術の為に制せられ候ものゆえ、勇のみにて術これ無く候ては、実に貴び候儀には参り難きものに御座候」(徳富同書P375)
 
「勇気だけでは戦争に勝つことはできない」と、ハリスに言われ、委員たちはどう思ったでしょうか。それを正確に認識していたからこそのかつてのペリーへの対応から始まる今現在の姿のわけですが、改めてその事を指摘されて心穏やかでいられるわけもありません。日本が戦争を望んでいなくとも、西欧諸国は違う、日本はイギリス一国にすら決して勝利することは難しいと、ハリスは「戦争の愚」を戒めました。
 
「大統領の願ひは、戦争に到らず、互ひに敬礼を尽し、条約相結び候様いたししとの儀に御座候。西洋近来名高き提督の語に、格別の勝利を得候えそうろう戦ひよりは、つまらぬ無事の方よろしとこれ有り候」(徳同書」P376)

アメリカとの条約締結が意味すること

ここに至り、ハリスはアメリカとの条約締結がいかに日本を救うことになるかを述べ始めます。
 
「大統領の心得にては、合衆国と堅固の条約御結びなされ候はば、必ず外国の右を規則と致し、ご心配の候儀そうろうぎ等は、向後こうご決してこれ有るまじく存じ奉り候」(「同書」P三七七)
 
つまり、真っ先にアメリカと条約を結べば、他の外国もそれを先例規則として従う。そうすれば、外国の好き放題にされる心配はないと言うのです。さらに、軍船を引き連れて条約の締結を迫られる場合と、わたし一人だけが来て条約を結ぶ場合とを考えてみよと述べます。
 
「合衆国政府の別府としてまかり越し候、船もつつ(筆者注:大砲)もこれ無き私と、条約御取結びに相成り候はば、御国のほまれをおとし候儀はこれ有るまじく存じたてまつり候。壱人いちにんと条約御結びなされ候と、品川沖え五〇艘の軍船引連れ参り候ものと条約なされ候とは、格別の相違に御座候」
「今般大統領より私差越し候は、懇切の意よりおこり候儀にて、これ有りての事にはこれ無く、外国より使節差越し候とはわけ違ひ申し候。右等の儀、得と御推考ごすいこう下さるく候」(徳富同書」P377)
 
ここでいう「外国より使節差越し」とは、イギリスを念頭に置いていることはいうまでもありません。ハリスは徹頭徹尾、イギリスの脅威を煽っていたのです。

続く

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