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12-9.ハリスの大演説その5

再びイギリスの脅威

ハリスは、最初から最後までイギリスの脅威を警告し続けます。ここで、具体的に「イギリスの総督ジョン・バウリング」の名前を出して、一層の恐怖を与えるのです。
 
「私儀日本え渡来いたし候節、香港に於て、英吉利イギリスの総督ジョン・ボウリングに面会いたし候処そうろうところ、日本えの使節申し付けられ候よし、内々話し聞き候。其の後御国に参り候てより書翰四通差越し申し候」
「右の内日本え渡来の節は、日本人の是れまで見及ばざる程の軍船を率ひ、江戸表えまかり出て、御談判つかまつり候心得の由に御座候」(以上「近世日本国民史/堀田正睦(3)/徳富蘇峰」KIndle版P385)
「右願ひの一はミニストル、アゲントの官人を都府に留め置き候儀、第二は日本数所え英船参り、自国の品をおぎのり候通り勝手次第に、日本の品物を買調かいととのへ候様いたし度き心願にこれ有り、もし右の願ひ成就致さず候はば、直ちに干戈かんかに及び候様心組みのよし、最も唐国の争戦にて、渡来いたし候期遅延いたし候よし申し越し候」(同書P386)

ハリスは「イギリスだけでなくフランスもやってくる」「渡来する蒸気船は50隻にも達する」と言い。そして、「今の戦争が終わればすぐにでも日本にやってくる」と脅すのです。
 
「唐国戦争相止あいやみ候はば、直様すぐさま参り候段、いささかの相違これ無く候」(同書P386)
 
50隻は完全な誇張で、でたらめです。アロー号戦争での英仏連合軍の船舶はイギリスが10隻、フランスは8隻でしかありません。しかしハリスは、イギリスの脅威を説明するためなら嘘をも厭わなかったのです。そして、それを防ぐにはアメリカとの条約締結しかないと再び述べ、この長い演説を次の様に締めくくりました。

「今日申し上げ候儀、御取用おとりもちひに相成り、日本安全の御媒おんなかだちと相成り候はば、此の上なき幸ひの儀に御座候」
「右のしゅとく御勘考ごかんこう成し下され、御同列さまえも御申し伝へ、御談判遊ばされ候様つかまつく候」(以上同書P388)

ハリスが、いかに内容を練り上げてこの日に臨んだかがよくわかります。そして、その内容は堀田をはじめとする「開国派」の支持を得られるような内容でした。ハリスの説をいれれば、イギリスやフランスなどからの侵略を阻止でき、しかも貿易による利益も期待できるわけです。

ハリスの日記によれば、堀田は「私の通報に感謝し、これを大君に伝達の上、然るべく考慮をすることにすると述べ、これは、これまで幕府にもたらされた問題の中で最も重大なものである」(出所:「ハリス日本滞在記(下)/坂田精一訳」P88)と語ったとあります。そして、日本はアメリカとは異なり、大勢の人々に相談しなければならないから検討する時間が必要だと述べました。ハリスは、本日述べた事柄についての質問があれば、どんな事でも詳細に説明すると述べ、この日16時頃に宿舎へ戻りました。

オールコックの不快

さて、ハリスが徹頭徹尾煽ったイギリスの脅威については、のちに来日する初代駐日公使オールコックの知るところとなり、ハリスに対して強い不快感を著している。

当初、ハリスは日本を初めて開いた外交官として、後に来日する各国の公使たちの中でも尊敬を集め、ことあるごとに「自分は一隻の船も、一門の大砲もなく日本を開国させた」ことを自慢していたので、その不快感はなおさらのこと。

オールコックは「彼がそれ(筆者注:英仏艦隊)を『心理的圧力』の手段として用いる権利に対して疑問をいだいてもよいかも知れない。なぜなら、そういう手段として用いるためには、かれは、われわれが考えたり、意図していないことをばわれわれの見解や意図だと考えていることになるからだ。しかもその意図・見解たるや、とうてい日本の為政者がそのためにわれわれを好意的な目で見るような性質のものではなかった」「大君の都/幕末日本滞在記(上)/オールコック著/山口光朔訳」P320〜321)。

「戦争中の連合国(英仏両国:訳者注)をこれほどたくみに利用し、日本人にはおそるべきもののように思わせ、しかもこれを遂行するに当たっては、大遠征の出費をかけないのに遠征したと同じだけの利益と信望を合衆国に与えるように仕組み、他方大英帝国には、好戦的でもあり、うるさい国でもあるといういまわしい評判だけがのこされた。このことはまさに達人のわざであった」(「大君の都/幕末日本滞在記(上)/オールコック著/山口光朔訳」P321〜322)と書いている。

最後の「達人のわざ」にオールコックの嫌味たっぷりの皮肉が込められている。

タイトル画像:ラザフォード・オールコック

続く

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