(タイトルは、Elle Teresaちゃんの「平気」から。最近女性のラップが好き💕プレイリスト作ってる途中だからおすすめ教えて欲しいです!!) 整理したい気持ちがあって再び筆を執る。 最近、自分が誰のことも愛してなどいない事に気付いた。この人は私に1番尽くしてくれるから1番好き、でここまで来てしまった。愛されている事ばかり注視して、自分の「この人を愛したい」という気持ちにピントを合わせたことが無かった。 熟考の中で、ピントを初めて合わせた。 私は自分にとって都合が良いから
「自分は地獄に送られたのか」 「私の行く場所が地獄なのだ」 クリストファー・マーロウの有名な戯曲の中で、悪魔のメフィストフェレスは、主人公のフォースタス博士にそう答える。 「24年間の全能と悦楽を与える代わりに、そのあと博士の魂を私の好きにさせて欲しい」 悪魔は交換条件の提案をする。 博士は考えた末、悪魔の契約書に、自分の血でサインした。 … 悪魔は飽いていた。 地獄に落ちて当然の人間を地獄に引き摺り落とすことに。 もっと大きな享楽を欲しがった。 善良な人間に、
「喜ばしい孤独」「積極性な孤独」 と訳される英単語。 最近、人生に足りていなかった要素かもしれない。昔は得意だった。けれど人に与える、愛することの楽しさに最近ハマってしまって、人と会う予定を沢山スケジュールに入れた。 人たらしだと数え切れないほど言われたから、これが自分の才能なんだと確信した。才能は与えられたものだから、周りに惜しみなく分け与えることをモットーにしていたけど、これは相手の人生に否応なく干渉する劇物だと思った。簡単に人を救うし、簡単に人を破滅させる。 自分にダ
自我を意識するようになってからも、誰かを傷付けることや、支配することへの抵抗はあまりなかった。私が付けた相手の傷は、私の存在意義で、存在証明だった。 けれど、なんだか最近、傷付けたいという欲望が薄まっているのを感じる。 何故だろう。 自分の傷がようやく癒やされたのだろうか。 そもそもなぜ、相手に付けた傷の存在を感じるとき私は高揚していたのだろうか。 相手を自分の一部のように感じていたのだろうか。 … 相手からの返信が遅いのは苦手な事だった。(多分、幼少期に両親が多忙
自他の境界線という概念が生まれつき無さすぎて、散々人の心を踏み荒らしてきた人生だったと思う。 老若男女、言葉が通じなくとも人とはすぐに打ち解けられる。でも大人になって、違和感に気付くようになった。私がニコニコとオープンに近付いても、それを居心地悪く感じている相手がいること。(本当に22歳位まで気付かなかった。笑) 自分にとって、コミュニケーションは贈与だった。でも相手によっては煩わしいものだったのだ。 そういう人とは意識して距離を取らねばならない。褒め言葉さえ色んな意味を
20代半ばのENFJ-Aです。Måneskinについても、MBTIについても、ふんわりとしか知らない。反応した感覚だけを昔からいつも頼りにしている。だから、あんまり真実性を帯びないかもしれないんだけど、思った事を言語化してみたい。noteの使い方もあまりよくわからない…変な所があったら教えてください。 そう思ったきっかけになった曲初めて聴いた時、驚いた。(自分はロックスターにはいつもそういう反応をしている気がする。) 自分にとって、根源的で逃れられない欲求、しかし許されざる