第9章サプライチェーン


物流・ロジスティクスと殆ど同義的な意味で使われるようになったのがサプライチェーンであろう。本来の意味ではモノに関わる各プレイヤーが受発注在庫を繰り返しながら、モノが生産〜流通〜販売〜消費されるまでの全工程を表した用語である。
汎用的な意味の流通状態を表しているものの、この用語を使うときには物流・ロジスティクスの効率化と有効性の見直し、在庫削減、コストダウン、社会貢献などによるサスティナブルの実行を狙っているといえる。そこで、物流・ロジスティクス部門ではサプライチェーンとは、従来の物流改善やシステム導入、在庫削減やコストダウンを一括して総合的に企画することを求められている。類似の用語としては過去に、QR:クイックレスポンス(主にアパレル業界)、ECR(エフェシエント・コンシューマー・レスポンス:日雑・生鮮食品などで使われた)があり、決して新しい概念ではない。
日本では2016年に発生した東日本大震災発生時に全国の製造業、流通業に事業停止のショックが襲った。その原因が中小零細の原材料サプライヤーが被災したために、中間部品や原材料供給が止まり、その状況を新聞各紙がサプライチェーンの断絶と報じたことが記憶に新しい。
 農林水産の一次産品であっても収穫から消費までの工程には様々な事業者や物流施設が関わっており、多くの関係各社が関わる状態でサプライチェーンが構成されていることに注目して、構造と課題を整理していく。
第1節 商品供給の構造
市場に出回るあらゆる商品、消費財や生産財は多くの企業の手を経て流通している。農水産品ですら収穫後には洗浄され、ビニル袋やダンボールケースなどに包装されてから出荷・流通している。このようなモノの流れはプレイヤーの組織内部で外部からの受注を受けて次のプレイヤーに送られてゆく。このようなサイクルのつながりが鎖のように見えるのでサプライチェーンと呼ばれるようになった。


原材料素材から半製品、完成品が流通、小売販売のプレイヤーに渡る時には、商取引に伴う伝票発行や受け渡しの記録を残すためのデータ整備が必要になる。それがあってこそ、モノの流れの記録が行われ、ビジネスの決済(債権の移動と代金授受)が行われることになる。
モノが工程間を流通していたかを証明するのが伝票記録であり、そこの記録こそがサプライチェーンの証明になる。つまり、モノの移動には伝票の連絡が必要であり、それは手書きであったりシステムデータであったりするわけだが、モノと伝票データの両方がサプライチェーンには欠かせない。伝票は商取引の記録であり、債権の移動や証明になるわけだが、大きな区分があることに留意したい。それは、移動に伴う商権の変化である。原材料から見ると商社に買い上げられ、工場に販売される。この際の伝票には商取引の記録として、売買が証明されていることになるが、商習慣では受領拒否や受領後の返品(仕入れ返品、売上返品)という取引もある。完成品が消費者によって使用され、消滅される場合と区別するために、消滅する取引をセルスルー、債権の移動をセルインと呼称することになる。


第2節 サプライチェーンを支える組織
商品移動と同時に伝票発行記録と債権の確定が行われるために、サプライチェーンに関わる組織や部門も多岐に渡る。物流・ロジスティクスの現業部門以外にも指示命令を発出する営業部、商品購買調達部、生産部門、情報システム、財務経理、経営企画など企業体のほぼ全域に渡るが、その実感は少ないだろう。月次経営会議において業績報告がなされるだけにその他は物流・ロジスティクスに放任されることが多かった。
そのため、物流・ロジスティクスの効率化への障害が気づかぬところで生じていたのである。例えば、物流・ロジスティクスのコストアップ要因は決して物流アウトソーサーへの契約料金が高かったわけではないが、総額では突出傾向にあり、調査の結果では効率化とは別次元での輸配送保管の業務活動が見られた訳である。緊急性の低い場面でのイレギュラー出荷や販売目処の不明確な新商品の在庫積み上げなど、各部門の意向をそれぞれに捉えてしまうと、在庫は過剰となり輸配送サービスも得意先の貢献度とは別に提供してしまう傾向にあった。
特にデフレ環境下での物流コスト抑制課題は全社で取り組まねばならないものであるが、営業部門としては個別顧客対応の結果がどのようなコストアップに繋がるかの速報や指標がないために、対応が遅れる傾向が見られる。
また、生産部門においても製造コストダウン、原価低減活動のためには営業部門の要請する商品計画とは異なる生産計画が並走することとなり、受注欠品が生じたり、新商品投入日程が遅れる傾向などが見られた。いずれも内部コストと顧客満足に関わる二律背反のジレンマを解消する仕組みやジャッジを行う部門がなかったために生じた問題点であった。そのためサプライチェーンを再構築する企画では、組織の分担や行動力学、責任所在などの意思決定プロセス全体が見直されることになる。
 はじめに営業部門における顧客サービスの見直しである。受注単位や納品サイクルなど、直接物流コストに影響するサービスと顧客評価のバランスが取られなければ、全社の取り組みも成果が期待できない。特に顧客サービスや物流・ロジスティクス面でのサービス評価を初めに行われなければならない。
少なくとも顧客分析により貢献度評価や重要度格付けなど、手広く膨張してきた顧客層の選択と集中がこれからの競争戦略には欠かせない。八方美人では顧客からの評価も下がるだけであり、先に扱った非満足客が膨らむだけである。サプライチェーンを支える組織の見直しでは、次のようなチェックポイントが必要になるだろう。
売上拡大? 製品原価低減? 利益獲得? 在庫圧縮? 物流コスト? その他経費削減?
このような命題を定義して課題を明らかにし、解決策を求めるには組織各部門が冷静な分析データをもとにして、シミュレーションを行わなければならない。売上を拡大するために、極端な販売促進経費を掛けたり、主要な得意先に極端な値引きを行えば、一時的に売上を確保したとしても結果的には利益を減らすことになりかねない。また、コストダウンに専念しすぎれば品質や顧客サービスを満たせなくなり、長期的に顧客の支持を失うことになるだろう。
このようなバランスを維持させるためには、各部門に妥当な責任分担をもたせるべきであり、協議共同作業によって最大売上の最大利益獲得に向かう使命を共有する必要がある。経営上特に重視されるのは、売上や利益、資産の保全や在庫の削減というものであるが、このような責任論が部門の業務規程や分掌に明らかにされているかというところに問題点があるように感じてきた。


それは、販売部門と生産部門の対立に見られる責任論であり、在庫問題である。
第3節 在庫と欠品
営業販売部門にとっては多くの品揃えほど販売活動に欠かせず、そのためにも在庫は常に豊富であることが望ましい。売れ行きに合わせた在庫計画では、突然の受注による欠品が起きるだろう。欠品そのものを極端に避けるのは、ひとえに販売機会の損失という見せかけの売上至上主義があるからだ。
ビジネスモデルには売り上げと利益の追求が欠かせないが、単に売上を求めるならば、ひたすらコストを増強することにつながってしまう。値引き、販促、新商品開発、リベート提供など、売上を上げるにはコストをかければ容易に達成できるという裏道が確実にある。
その様な経験則があるからこそ、販売部門にとっての在庫や品揃えの充実は大歓迎であるはずだ。いかに資金が眠り、商品の陳腐化リスクがあろうとも在庫を積み上げることは販売機会の獲得には欠かせないと主張するだろう。しかし、振り返れば販売部門のミッションは顧客注文を待つだけではない。いつ誰がどこから注文を寄越すのかが想像できなければ、営業部門は不要といえる。物流の在庫管理者が受注を取りまとめて、受注の順番に出荷すれば良いことになるからだ。
いつ売れるかわからない、誰が買うかもわからない、しかし欠品だけは避けなければならないという主張を繰り返すなら、自らの無能さを宣言することと同義語である。わからない尽くしで務まるならば、営業部門は不要だからだ。顧客管理や受注処理を別部門に移管しなければならなくなるだろう。
調達製造部門ではどの様な見解を持つだろうか。購買や生産活動では品質とコストが至上命題になっている。すると大量購入や大量生産こそがコストダウンの最初の手段として取り上げられる。より多く買付、より多くを作ろうとするバイアスは自然に湧いてくるが、抑制するための仕組みや動機がなければならない。安く買う、作るために大量購買・生産を抑制する動機とは何か。それは、上位の指示命令機関からの行動でなければならない。制約条件を与えなければ、1個よりダースで、1枚よりまとめたロットで作ろうとするだろうし、その動機に不自然さはない。「より良いものをより安く」には異論の余地はないのだ。
すると結果的には在庫が積み上がることになり、その問題が発見されたときだけが問題とされ、日常では潜在化していて全く気づかれすに進行していることになる。在庫を積み上げることは販売部門にも購買・生産部門にとっても評価の対象になることが問題なのだ。
では在庫を数値目標に定められるだろうか、という疑問も湧くだろう。総論から言えば在庫総額を制限することはナンセンスに違いない。つまり、およそ2〜3割の不活動在庫品目を抱えながら、総額でコントロールしようとすると大きな障害が待ち受けることになる。
それは、在庫金額を日々監視することはできず、月末在庫で制限をかけようとするだろう。すると、月末に残っている在庫は明らかに売上不振のBCランク商材になるのが明らかだからだ。そこに制限を掛けたとしても、購買も生産もほとんど影響を受けていないことになる。主力はAランク商材、つまりは売上の80%相当を占める総品目の20%相当のアイテムになるからだ。こちらは売れ行き好調であるから、月末在庫はほとんど存在していないだろう。予約品、出荷待ち待機状態であるからだ。
では在庫金額を総額ではコントロールできないのか、となるがコントロールではなく、総責任を負うべき部署機関を持つべきだというところに帰着する。在庫は販売の原資であり、製造の成果でもある。しかし、運転資金を眠らせ続ける巨悪でもあるから、在庫責任の最大効果は財務経理部門が負うべきものになるだろう。1億円の資本を持つか、1億円の商品在庫を持つかは経営トップの判断になるが、キャッシュは流動性があるけれども、在庫は固定化され陳腐化リスクもあり、保管コストを負担して最終最後に除却処分を必要とすれば、更に資金金利と合わせて処分費用までが掛かるようになる。
比べれば資本有利で在庫は極力最少に向かわなければならないが、この総論に異論を持つものは一切なく、しかし各論として販売部門や製造部門に持ち帰れば在庫許容論が始まるものである。
最終的には在庫総額の制約を設けるほかなく、四半期ごと、月次ごとに売上に対する在庫金額の比率を決めるべきであろう。総金額でも構わないが、いずれにせよ在庫抑制=運転資金確保、と同義語になることを理解しておきたい。
在庫問題と対比されるものが、欠品の対応である。在庫抑制はすなわち欠品容認となって、再び売上機会損失という言い訳になるのだ。
そもそも欠品が生じるのは販売計画が実需と合わない結果であり、瞬間的な欠品は製造や調達の問題とされる。だから需要予測のシステムが必要というのは短絡的すぎており、その前に点検すべきことは多くある。商品にはライフサイクルがあり、それは時代と市場の要請により描かれる。時代とともに商品は陳腐化してゆき、意図的な新商品の投入よって主役が交代するのは人生と同じだ。そこで新商品を投入する際には、前もってライフサイクルを想像しているはずである。仮にそれがブルーのラインで描いていたとすると、欠品は想定を超える需要が生じた結果であり、ライフサイクルの読みが甘かったといえる。では予測が課題かというとそうではなく、ライフサイクルカーブの動向を分析していかなった結果と見なくてはならない。


ライフサイクルカーブは曲線であるから、形は接点で規定できる。カーブの傾向を常に観察していれば、事前に欠品予測が立てられるだろうし、逆説的には過剰在庫となるタイミングも予測できるようになる。市場観察、実需動向の把握が課題であって、需要予測というシステムの問題ではないのだ。
また流通現場での品揃え欠品を考えてみると、在庫が豊富なほど品揃えが多くなり、欠品を回避できる。しかし、在庫資金が必要となり結果として事業利益率が低下することが推定できるだろう。欠品と利益率の相関性を研究したレポートでは次のような関係が導き出されている。日米双方でのスーパーマーケットの許容欠品率と利益率の関係である。
完全に欠品を許容できない設定であれば、豊富な在庫と品揃え投資が必要であり、そのために利益率は下がる。左図では欠品率ゼロの場合の利益率が9%だと、欠品率5%の場合には11%近くまで利益拡大が図れることになる。
その理由は在庫確保、補充発注の計算式での安全係数の捉え方によるわけで、日本では欠品を嫌いわずか1%程度しか許容しないので安全係数は2.3となるが、欧米では欠品率8%相当であり、安全係数は1.4という研究結果がある。(海洋大学 黒川研究室)

欠品許容が販売機会損失という営業部門の主張と製造原価低減の足かせになるという製造部門の主張を合わせると、結果的には利益率への影響があることを考慮すれば在庫責任は経営問題、財務経理主管がふさわしいという結論になるのではないだろうか。在庫問題は資金問題であることを再認識しておきたい。
第4節 情報伝達
サプライチェーンを維持するためには関連する社内組織だけでなく、同盟各社の内外組織との情報共有が重要である。消費財であればライフサイクルカーブの動向をすべてのプレイヤーが熟知して、そのために必要な行動を起こせばよいのである。各プレイヤーの行動原理は、究極的には在庫最少を図りながら、実需に対応するための生産までを同期化することが目的になる。
つまり、生産と販売の同期化とは、すべてのプレイヤーの在庫が最少となり、キャッシュフローの最大化が実現することになる。そのための情報連携や伝達の方法としては、通信手段があっても同期化するための動機づけが必要になる。
前に示したように各プレイヤーの営業担当は、次のプレイヤーに販売活動を行うが、実際には債権の移動であって取り消しや返品値引きなどが起こりうるから、販売概念ではセルイン状態である。モノは移動はするものの、在庫になって保管状況にあるわけで、完全に消費されているわけではない。最終製品になって店頭や消費の現場で消費されてこそ、初めてセルスルーという状態になるわけである。そうすると、完全に消費されているわけであり、決済の確定が発生することになる。
このようなモノの消費と連携するような情報伝達には、まだまだ課題が残っているといえる。それは前に紹介したようなブルウィップという情報拡散であり、潜在的な不確定リスクの発生である。実際には消費されていなくても、過剰な発注が連鎖してしまい、最終的には過剰在庫が各プレイヤーに生じることになる。
サプライチェーンを構成する各プレイヤーには次のような情報管理システムが必要になるだろう。
●製造系では、原材料の所要量計算システムと在庫管理、購買発注システム、生産計画システム
●流通系では、顧客とのEDIなどの受発注システム、在庫管理、顧客管理システム
これらのシステム間での情報連携がなされることで、売上最大、在庫最少が実現できることになるだろう。
世の中に多く存在するSCMソフトウェアの原理は、営業部門の販売計画が金額ベースで示されるが、生産計画ではアイテムが必要になる。何をいくついつまでに生産調達すればよいのかが重要なわけであり、この段階で販売計画には商品明細が含まれていない
そこで、販売部門は昨年度の販売実績明細(アイテム別販売数量と金額)を照会抽出して、昨年度実績明細を作成する。
本年度の販売計画を昨年度の明細から操作してゆくわけだが、一般的には大変に詳細な作業となるのでやらない。すると生産部門側が同じ作業を行うことになる。すなわち販売計画<>生産計画 という構造になるわけだが、これを回避するのがSCMソフトウェアの狙いである。常に金額と明細を一致させるための工夫は創造を遥かに超える作業であり、ノウハウともいえるだろう。
第5節 SCM阻害要因
自社の物流・ロジスティクス活動、物流事業者にとっての活動は、経営目的でもあり経営手段でもある。それは物流をなりわいとする者と物流を利用する者との違いである。
 物流を事業とする者であっても、物流活動が荷主顧客の事業目的のための手段であることを十分に理解している。そのため、物流活動の停滞や停止、品質の維持や向上が重要であることを理解しながら、様々なリスクを排除して日々の運用に努めている。現在の物流活動は産業構造の転換と労働力人口の減少が始まったために、人手不足による物流停止危機という問題を抱えるようになった。
大量生産、大量販売が終焉し、全ての産業にとって最も重要な経営資源は、現場労働力の人手や創造性のある人材となった。このような要請が生まれてきた背景には、経営活動の効率化と経営そのものへの有効性が離れ離れになってしまい、人材資源への対応策が出遅れているという反省がある。つまり希少な経営資源である人材の獲得と維持、教育と研修による長期雇用の定着化という人材投資を避けてきた結果なのだ。
製造コスト、物流コストの最小化を志向した部分最適運営の結果、最大経費である人件費に抑制が異常に働き、優れた人材を確保したり、人材関係への投資余裕がなくなった。
同時に行きすぎた物流コストダウンの弊害が物流事業者の安定確保と維持すら困難な状況に追い込まれていると言える。サプライチェーンを構成する多くの物流現場でも同様な症状が現れるようになり、生産物流、販売物流共に共通の経営課題を抱えるようになった。その影響はともすればSCMを阻害する原因を生み出し、物流の停止や停滞を招くようになってしまった。
次の図はSCM阻害要因の要素を整理したものである。
まず部門や組織を接続する情報断絶が挙げられるだろう。次に想定していない状況の中でも、頻繁に起きがちなのがキャパシティである。契約条件に処理能力の上限下限を定めていることが少なく、突然にキャパシティ問題があがることが多いのだ。
また様々な事情背景からの遅延はよくある事例である。一つ一つの工程が遅れることによって、遅延の連鎖が生じることもあり、交通事情などでよく見られる事件でもある。


SCM阻害要因は全てがコスト要請原因とは言えないが、状況を正しく正確にトレースする余裕と体制を失い、適切なマネジメントというより、指示命令だけの一方通行的な管理が横行しており、結果を保証できない現場が増えてきていると言える。
本来であれば任された現場ごとにマネジメントが機能することで、最終成果を保証するような情報分析、状況監視、負荷のコントロールなどが適切に行われなければならない。
物流が止まる原因は事前に想定できるわけで、予測、監視、状況把握が適切なタイミングで行われていれば停止を逃れることができる。 安定した商品供給連鎖が機能しているかどうかを把握するのは、現場からの情報収集であり、状況監視と適切なタイミングでのサポート支援が必要なのである。
しかし、実態として様々なトラブルと事故が多発するのは、マネジメントが十分に機能しておらず、全体最適ではない部分最適な行動に限られているのではないかと疑わざるを得ない。実際に多くの現場を見学すると、マネジメントが十分に機能していることを体感することが少ないからである。

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