第1章 ロジスティクスは戦争用語

 運輸業や倉庫業、海運航空などの物流業や国際貿易などの仕事をしている方にとって、改めて「ロジスティクスとは何か」と問い直すことは少ないだろう。日々の仕事がモノと情報に追われ、たくさんの連携する企業や人々とのコミュニケーションが日々の仕事そのものになっているからだ。
 ロジスティクスとは元々は戦争用語であり、1800年代のナポレオン時代まで遡る戦争における機能と役割を表している。和訳では兵站(へいたん)で示されており、戦場への物資供給の役割を担っていた。
 その歴史を追いながらビジネスでのロジスティクスは、勝利を目指すマーケティング活動へと移行することになる。マーケティングにはビジネスの価値創造、顧客創造、パートナーシップ構築と精算・決裁のすべてを含むが、その中でもロジスティクはモノやサービスの安定供給という役割を担っている。

第1節 軍備のロジスティクス
 
 国家や地域での争いで勝利するために軍隊は組織されている。専守防衛であれ突撃部隊であれ、戦闘には専門組織化がなされており、それは次の4つの機能に代表される。
 1:作戦立案 2:諜報(情報収集) 3:兵站(調達と輸送) 4:戦闘
 つまり戦うには作戦と情報、物流と戦闘員が必須条件だったというわけだが、現代ではどうだろう。ドローン爆撃や宇宙衛星監視からのミサイル誘導など、情報戦が強化されているようだ。しかし、だからといって兵士や兵器がないわけではなく、それらを運用するためのロジスティクスは戦闘能力を支える重要な要素と言えよう。
 近代戦ではランチェスター理論(勝利確率は兵力の2乗に比例する)という物量勝負の戦闘が勝利の条件とされ、大量の物資や兵器を備えることが軍備の優先事項となっていた。それ故、各国の軍事力比較では防衛予算や要員数で比較されているが、これからの情報戦では数や量ではない戦闘能力が検討されていることだろう。
 何れにせよ、国家は外交と防衛に代表される主張があり、従来までの戦争能力というものが国家を支えてきたのであるから、それは事実としてロジスティクス能力に掛かっていたとも言えるのではないだろうか。
 科学技術が軍事研究から波及されてきたように、ロジスティクスの技術もその多くが軍備からの応用にある。『山動く〜湾岸戦争に学ぶ経営戦略』でもICタグ付き兵器コンテナを衛星通信で動態追跡し、装備進捗状況を把握するなどの技術がすでに完成していたことが読者には興味を与えたことが挙げられる。
 ロジスティクスが物資流通や物的流通(日本では物流は物資流通の短縮語として使われており、昭和33年の能率協会アメリカ視察団がロジスティクスをDistribution から、物的流通と翻訳して物流としたという記録が残されている)と翻訳・解釈されて日常用語になったとき、戦争やビジネス、日常生活のライフラインに直結する極めて重要な機能であり、また職業であることが再認識されたのは21世紀に入った地球膨張の時代であることは皮肉にも取れる事態となっている。

第2節 ビジネスにおけるロジスティクス

企業のマーケティング活動は、経営戦略などの戦争用語に溢れている。だからマーケティング活動そのものにもロジスティクスは含まれており、アメリカンマーケティング協会の定義では次のように示されている。
Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.

日本マーケティング協会では『マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。』とされており、製造〜備蓄〜輸送〜決済〜販売〜還流などの一連の物流活動を含めている。

 つまりは企業活動におけるすべてのプロセスは、ロジスティクスによって完結し、決裁と商談の終了を保証していることになる。物流マンの仕事はWE ARE THE BACK. (我々が最後であり、後ろには誰もいない)とい矜持のもとに日々の活動があることを覚えておきたい。
 物流やロジスティクスを端的に説明するならば、「モノを数えて運ぶ」ことに尽きるが、実際のところ商流や金流という商談と決裁にはモノだけでなく、伝票という情報が欠かせない。高速通信が前提のビジネス取引では、まもなく5Gという遅延のないまさに光速の情報通信が可能となり、手書きの伝票というものは歴史の話題に消えてゆくことだろう。
 モノの移動という物理的な活動を支えるのが光速の情報通信であるという時代は、ちょうど軍事が兵隊による戦闘からドローンや衛星観測によるミサイル攻撃に変わるように変化と進化に似ているとも言える。
 ロジスティクスはこのように光速通信を背景にして、モノの需要や消費を瞬間に捉えて在庫からの移動や生産活動への連携が行われることになる。従来のように生産と販売活動、在庫の移動について指示命令や注文というヒトを介した指示命令に従属するモノの活動から、全てが自立連動するようなことが始まることになるだろう。
 ビジネスがものやサービスの開発に起点を置き、消費者や市場との接続にロジスティクスが果たしてきた役割は、今後は連続ではなく瞬時の接続となるだろうし、製造や流通における在庫問題や従来の物流センターの機能も大きく変化することが予見できる。
 本誌ではこのような時代の変化と技術進歩による環境変化が、ロジスティクスにどのような影響をもたらすかにも言及してゆきたいと考えている。

第3節 ロジスティクスの役割はこれからどうなるか

 よく言われてきたことであるが、物流・ロジスティクスは時代がどのように変わっても、モノとサービスの移動はなくならないし、決裁や消費のためのモノは製造や営業活動とは別の役割によって効率的運用が期待されるから、決してなくならない。それほど貴重で重要で、かつ大事である仕事の代表だ、と信じ込まされてきた。たとえ、「単なるカウントと移動だけの、誰にでもできる仕事ではないか」と卑下されても上述の役割をうたわれて保身を図ってきたことも事実であろう。
 果たしてロジスティクスは専門技術や専門職、専門企業に任せるべき特殊な業務や価値ある仕事として生き続けることができるであろうか。従来のように大量、高速、正確さを期待される専門事業者としての役割が安定して継続できるだろうか。
 物流・ロジスティクスはビジネスに於いては、生産、販売、流通の実体経済を支える重要な黒子役として貴重な存在であることに異論を唱えるつもりはない。しかし、専業者としての許認可事業や特殊技能のあるサービス分担をもつ位置づけが安泰であるかどうかを振り返れば、物流業界の存続は極めて危ういところに向かっていると感じている。

 それは、ロボティクスやAI,ITによって自動化や標準化が進むことで、製造の一貫や流通の付属機能として取り込まれてしまうのではないか、という懸念が消えないからである。すでに物流専業として独立した物流子会社が、その機能を満たしたとして事業を収束させたり、親企業へ返還されていることを見ると、その兆しはすでに始まっていると感じる。
 その反面、現在の巨大物流センター内部では製造工程やECショプ店舗の商品陳列が行われて、作ることや売ることの代行をより巨大な規模で実現できるようになっている。製造工程や流通工程への侵入を物流ロジスティクスが行い、立派に指名代打の役割を果たしているかのように見えている。
 これからの付加価値創造の主役だった製造業の行く末からしても、その地位はすでにサービス産業に侵食されており、今後の衰退は明らかだから、物流ロジスティクスの内部に製造工程が組み込まれるのも時間の流れかもしれない。事実、3Dプリンターの隆盛は工場のあり方、工場の様相を大きく変えることになり、製造と使用の現場をより近づける意味でも物流ロジスティクに3Dプリンター設置が期待されることになるだろう。
 物流・ロジスティクにはこのように従来の製造、販売の機能を取り込める余地が十分にあり、またそのことを期待されていることが時代の要請でもあるように感じているのだ。本誌ではこのような視点に立って、発祥の歴史から未来の役割を窺う考察を続けてゆくことにする。


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