「ルックバック」先生と呼ばれて
私は数ヶ月前から「先生」になりました。
刺繍教室をはじめよう、と決めて、この春からオープンしたのです。
自分の人生で、先生と呼ばれる日々が来るとは
少し前まで予想もしていなかったのです。
「先生」と呼ばれる人ってなんだろう。
とたまに考えます。
小学中学高校大学
小説家、そして漫画家。
私の昔から大好きなTMネットワークでは
「小室先生」と呼ばれていたし
坂本龍一さんに至っては「教授」。
教育の現場にいるということ以外では、
他人に影響を与えるほど素晴らしい創作をする人を敬って
「先生」と呼ぶのかもしれません。
映画「ルックバック」は創作する人の話。
精いっぱい作ったものを「適当にやったんだよね」と嘯く
自分より上の作品をみて火がつく
敵わないと感じて、呆気なく心が折れる
完全な善意で、もうやめたら、と言われる
真っ直ぐな応援の気持ちを向けられる
全てを放り出しても創る
日を季節を忘れても創る
思いもしていなかったトラブルに巻き込まれる
多かれ少なかれ、創作する身の自分にも全て体験してきたことです。
それでもやはり、「先生!」と呼びかけられるあのシーンだけは、今の自分には皮膚にひりひりするほどに染み入って涙が出てしまうのです。
嬉しいよね。嬉しかったよね。
「先生」に会えて取り乱すほど嬉しい。
「先生」と呼ばれて踊り歩くほど嬉しい。
創作が生み出す1番の奇跡の瞬間だと思う。
背中の絵で紡がれるように、言葉で多くを伝えようとしないこの映画は、余計に音楽の力を大きく感じます。
「ルックバック」というタイトルはoasisの名曲ですが、そういった英国ロックを使わず、haruka nakamuraさんの美しいピアノと讃美歌のようなハーモニーが終始流れています。
ルックバックは山形の話、同じく東北宮城で育った私には
冷たい凛とした空気と、初々しい芸術への情熱が混ざる
山形と芸工大の空間を思い出します。
ハルカさんも同じく東北育ち、その空気を十分に含んでいて
素晴らしい邂逅となっています。
「じゃあ、なんで描いてるの?」
応えの言葉がないままストーリーが終わる。
私も応えられないし、誰もがそうかもしれない。
だから今も創り続けています。
何かを創る人全てに見てほしいです。
oasisもいいよね。