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風に揺れる花のように
「玲ちゃん、無理しなくていいんだよ。」
○○のその言葉に、玲は一瞬、顔をしかめた。それは彼女が、無意識に浮かべていた笑顔を指摘されたからだった。
玲:大丈夫、私は平気だから。
そう言って、また笑顔を作る。いつものように、周りを安心させるための笑顔だった。けれど、○○はその笑顔が本物ではないことを知っていた。
玲はいつも明るく、人懐っこい。職場でも、友人の間でも、彼女の周りには自然と人が集まる。けれど、○○は知っていた。彼女がふと一人になる瞬間、表情からその笑顔が消えることを。
玲と○○が出会ったのは、街の図書館だった。
玲は本を読みながらふと、隣の席に座っていた○○に声をかけた。
玲:その本、面白いですか?
○○は驚いた。普段、図書館ではあまり話しかけられることがない。けれど、玲の自然な笑顔に引き込まれ、彼も素直に答えた。
○○:ああ、面白いよ。ミステリーが好きなら、きっと楽しめると思う。
それが、二人の関係の始まりだった。
ある日、○○は仕事終わりに玲とカフェで待ち合わせをしていた。玲はその日も笑顔を浮かべながら席に座ったが、彼女の目はどこか疲れているように見えた。
○○:最近、忙しいの?
玲:ううん、大丈夫。ちょっと色々あってね。でも、○○とこうして会えると元気が出る。
そう言って微笑む彼女に、○○は何も言えなかった。けれど、その笑顔の裏側にあるものが気になって仕方がなかった。
玲には、幼い頃から「笑顔でいなさい」と言われ続けてきた記憶がある。家族に、学校で、そして社会に出てからも。
「笑っていれば、周りが安心するから。」
「笑顔が一番の魅力だから。」
そんな言葉に応えるように、玲はいつも笑顔を浮かべてきた。どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、笑顔でいることで自分を保ってきたのだ。
でも、○○は違った。
○○:無理して笑わなくてもいいんだよ。僕は、玲ちゃんの本当の気持ちを知りたい。
そう言った彼の言葉が、玲の心に深く響いた。
ある日、二人は小さな公園に出かけた。春の陽射しが優しく、花々が咲き誇る中、玲は少しだけリラックスした表情を見せていた。
○○:今日はいつもより自然な顔だね。
玲:そうかな……?
○○:うん。僕はね、玲ちゃんのいろんな表情が見たい。笑顔だけじゃなくて、悲しい顔も、怒った顔も。全部、玲ちゃんだから。
玲はその言葉に目を見開いた。
玲:……私、いつも笑っていなきゃいけないって思ってた。笑っていないと、周りに迷惑をかけるんじゃないかって。でも、○○はそうじゃなくていいって言ってくれる。
○○:そうだよ。無理をして微笑む幸せなんていらない。玲ちゃんが本当に感じるままに生きてほしい。
玲は初めて、自分の感情に正直になることができた気がした。
それからというもの、玲は少しずつ変わっていった。
仕事で辛いことがあった日は、○○にそのまま打ち明けるようになった。友人たちにも、無理に笑顔を作らず、自分の気持ちを伝えることを覚えた。
もちろん、全てがうまくいくわけではなかった。時には誤解されることもあったし、戸惑うこともあった。けれど、○○はいつも彼女のそばにいてくれた。
ある夜、玲は○○に言った。
玲:ありがとう。私、ようやく自分を大切にできる気がする。
○○:それは玲ちゃん自身が頑張ったからだよ。僕は、ただ隣にいただけ。
二人は手を取り合い、静かに夜空を見上げた。
季節が巡り、また春が訪れた。
玲は以前よりも自然体で笑うようになった。それは無理をして作った笑顔ではなく、心から溢れるものだった。
○○はそんな彼女の姿を見て、そっと微笑んだ。
○○:玲ちゃん、やっぱりその笑顔が一番だね。
玲:うん。でも、もう無理はしないよ。だって、私には○○がいるから。
二人は寄り添いながら、公園を歩き出した。
そして、玲は今、ようやく本当の幸せを感じていた。
それからの日々、玲は少しずつ「自分のために笑う」ことを覚えていった。
週末のカフェで、○○と一緒に新作のスイーツを楽しむ時。図書館で、好きな本に没頭する時。仕事帰りに寄り道をして、街中に咲く季節の花を見つけた時。
ひとつひとつの瞬間に、玲の笑顔は少しずつ変わっていった。
ある日、○○と一緒に訪れた新しい公園で、玲はふと思った。かつての自分は「他人のために笑う」ことばかり気にしていたけれど、今は違う。喜びも、驚きも、時には涙も、すべて自分の感情として受け入れられるようになった。
玲:ねえ、○○。
○○:うん?
玲:私、最近ようやく気づいたんだ。無理をして笑わなくても、こんなふうに自然に笑えるんだって。
○○は玲の顔をじっと見つめた。そこには、かつてのような無理に作られた笑顔ではなく、心の底から溢れる穏やかな微笑みがあった。
○○:うん、その笑顔が一番だよ。何よりも素敵だ。
玲:……ありがとう。○○がいてくれたから、私も変われたんだと思う。
二人は並んで歩き出した。春の陽射しが優しく降り注ぐ中、玲は風に吹かれる髪を手で押さえながら、ふと立ち止まる。
玲:ねえ、あのベンチ、座っていこう?
○○:もちろん。今日はゆっくりしよう。
ベンチに腰掛けると、玲は少し遠くを眺めた。子どもたちが元気に遊び、花が咲き乱れる風景を目にする。その光景を見ながら、自然と笑みがこぼれる。
○○:何を見てるの?
玲:ただ、今この瞬間が幸せだなって思って。
玲は○○の手をそっと握った。
玲:昔はね、幸せってもっと大きなものだと思ってたの。特別な何かがないと感じられないって。でも、違った。こうして普通の毎日を過ごしているだけで、十分幸せなんだね。
○○:そうだね。でも、そのことに気づけるのは、玲ちゃんが自分を大切にできるようになったからだよ。
玲:うん……今なら分かる。無理して誰かに合わせるんじゃなくて、自分のペースで生きていいんだって。
風がそよぎ、春の花びらがふたりの肩に舞い降りる。玲はその花びらを手に取り、ふわりと空に放った。
玲:今なら、心から笑えるよ。
彼女の瞳には曇りはなく、表情は晴れやかで、どこまでも自然だった。
その笑顔は、これまで○○が見てきたどの笑顔よりも美しく、心に深く刻まれるものだった。そして、何よりも彼女自身が、その瞬間を愛おしく思えていた。
玲:ねえ、次はどこに行こうか?
○○:そうだな、どこでもいいよ。玲ちゃんが行きたい場所に行こう。
玲は少し考えてから、嬉しそうに言った。
玲:じゃあ、次はあの小さな図書館に行こうよ。最初に出会った場所に。
○○:いいね、懐かしいな。
玲:うん。あの時みたいに、今度はお互いのおすすめの本を選んで、ゆっくり読もう。
二人は再び歩き出す。これからの未来がどうなるかは分からない。けれど、玲はもう迷わない。
無理をして微笑むことに意味はない。心から笑える瞬間を、ひとつずつ大切にしていく。それが、彼女にとっての新しい幸せの形だった。
玲は○○と手を繋ぎながら、もう一度、自然に微笑んだ。
風に揺れる花のように、穏やかで、優しい笑顔で――。
それが今の彼女だった。