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キャッチボールの向こう側にある未来
東京の秋は、どこか穏やかな空気が漂っている。キャンパスの周りを囲む木々は、少しずつ色づき始め、落ち葉が風に揺れて舞い上がる。グラウンドの片隅に二人の姿があった。小坂菜緒と〇〇だ。大学生活が始まってから、何度もここでキャッチボールを楽しむようになった二人だが、今日の空気はいつもと少し違っていた。
菜緒:〇〇、そっち構えてやー!
菜緒は笑顔を浮かべながら、少し弧を描くようにボールを投げた。ボールは彼女の手元を離れ、軽やかに空中を飛び、〇〇のミットに収まった。彼女は関西出身で、柔らかな関西弁が、どこかほっとするような温かみを感じさせる。東京育ちの〇〇にとって、そのイントネーションはいつも新鮮で、どこか特別だった。
〇〇:ナイスボール、菜緒!
〇〇も笑顔を返しながら、軽くボールを手に持ち替えた。グラウンドの向こう側で菜緒は嬉しそうに小さく手を挙げ、次のボールを待つ。二人はこうして何度もキャッチボールを繰り返してきた。勉強やバイトで忙しい合間に、ふとした時間を見つけてはグラウンドに集まり、何も言わずただボールを投げ合う。それが二人にとっての特別な時間だった。
〇〇は軽く足を踏み込んで、しっかりとボールを投げ返す。菜緒がそれをキャッチし、ボールを見つめながら小さく笑う。
菜緒:ほんま、〇〇くんとやるキャッチボールは落ち着くわ。なんやろ、ええリズムやなぁ。
その笑顔に、〇〇は自然と目を細めた。彼女の無邪気な笑顔はいつも〇〇の心を温かくさせる。そんな彼女に、今日こそは伝えなければならない想いがあった。
ずっと前から、〇〇は彼女に特別な感情を抱いていた。最初はただのクラスメートとして、友人として接していたが、次第にその気持ちは膨らんでいった。一緒に過ごす時間が増えるたびに、〇〇は自分でも気づかぬうちに彼女のことばかり考えるようになっていた。
〇〇:ねぇ、菜緒…
〇〇は思わず彼女の名前を口にした。菜緒が顔を上げて、少し首をかしげる。
菜緒:ん?どないしたん、急に真剣な顔して。
彼女は微笑んだまま、〇〇の方をじっと見つめた。その笑顔に、〇〇の胸がドキッと跳ねた。いつも通りの笑顔が、今日に限ってはどうしようもなく愛おしく感じる。
〇〇:いや…その、今日はちょっと大事な話があるんだ。
〇〇は胸の内で何度も言葉を探していたが、いざ伝えようとすると言葉がなかなか出てこない。緊張で手が少し震えているのが自分でもわかる。菜緒は不思議そうに首をかしげながらも、ボールを手にしたまま静かに待っている。
〇〇:実はさ…菜緒のこと、ずっと好きだったんだ。
その一言が、ようやく〇〇の口からこぼれ落ちた。空気が一瞬、凍りついたかのような静けさに包まれた。菜緒は驚いた表情を浮かべ、目を見開いた。〇〇もそのままの表情で、ただ彼女の反応を待つ。
菜緒:…え?
菜緒が小さく声を漏らした。〇〇は一瞬、何を言われるのか不安でいっぱいになったが、それでも視線を彼女から外すことができなかった。心臓が早鐘を打つように鳴り響いている。
〇〇:本当に、菜緒のことが好きで、ずっとその気持ちを伝えたいと思ってたんだ。でも、もしこれで友達としての関係が壊れるなら、言わない方がいいのかとも考えて…だけど、もう隠しておけなくて。
〇〇は全てをさらけ出すように、言葉を紡いだ。菜緒は少しずつ表情を変えていき、やがてゆっくりと口を開いた。
菜緒:〇〇…
彼女の声はどこか優しく、温かい。それだけで、〇〇は少しだけ心が軽くなった。
菜緒:実はな、私も〇〇くんのこと、好きやったんよ。
その一言に、〇〇は驚きで目を見開いた。信じられない思いが胸に広がる。まさか、彼女も自分のことを…。
〇〇:ほんとに?菜緒も…俺のこと?
菜緒:うん。ずっと前から、〇〇とおる時間が楽しくて気がついたら特別な存在になっとった。でも、私も友達としての関係が大事やと思って、言い出せんかったんよ。
菜緒は少し照れたように微笑む。その姿に、〇〇は胸の中で何かがふっと溶けていくような感覚を覚えた。緊張していた心が、一気にほぐれていく。
〇〇:そっか…ありがとう、菜緒。
〇〇は自然と笑顔を返した。彼女も同じ気持ちだったという事実が、信じられないほど嬉しかった。ずっと伝えたいと思っていた想いが、こうして形になった瞬間、二人の間にあった壁が消え去ったように感じた。
菜緒:でも、なんか…恥ずかしいなぁ。
菜緒は笑いながら、ボールを握りしめた。彼女の頬は、夕日に照らされて少し赤く染まっている。それを見て、〇〇も少し照れたように笑った。
〇〇:俺も…ちょっと恥ずかしいけど、でも言えてよかったよ。
二人は再びボールを投げ合い始めたが、そのやり取りには言葉以上の何かが込められているようだった。菜緒がボールを受け取るたびに、〇〇の心も少しずつ穏やかになっていく。
〇〇:これからも、こうして一緒にキャッチボールできるといいな。
〇〇がそう言うと、菜緒は微笑みながら頷いた。
菜緒:もちろんやで、〇〇。これからもよろしくな。
その言葉に、〇〇は自然と笑顔を返し、二人の間には新しい風が吹いたように感じた。夕陽が少しずつ沈みゆく空の下で、二人の新しい関係が静かに始まっていく。
グラウンドにはもう誰もいない。二人だけが、そこに立ち続けている。しかし、その空気には確かに温かさと希望が満ちていた。