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届かない声を抱きしめて

高い青空の下、白い雲が静かに流れていく。秋の冷たい風が吹き抜け、校舎の窓から差し込む光が廊下に淡い影を作り出す。〇〇はその影を踏みしめながら、無意識に彼女のいる教室へと足を運んでいた。

村山美羽——クラスではあまり目立たない彼女のことが、気が付けば気になって仕方がなかった。いつも窓際の席で、無言で本を読んでいる姿。感情をほとんど表に出さない彼女の存在は、まるで掴みどころのない影のようで、近くにいるのに遠い。〇〇は時折、彼女の瞳に映る世界が自分とは違う色に染まっているのではないかとさえ感じた。

美羽は周囲に対して壁を作っている。無表情の裏には、誰にも触れてほしくない感情が隠されているかのようだった。だが、そんな彼女の一瞬の表情の変化に、〇〇は何度も胸を高鳴らせてしまう。

教室のドアを静かに開けると、やはり彼女は窓際の席にいた。薄い陽光が彼女の髪を揺らし、その瞬間がスローモーションのように感じられる。

〇〇:「美羽、少し話せる?」

美羽はゆっくりと顔を上げ、彼の方を見た。しかし、その瞳には冷たさが漂っていた。〇〇はその冷たい反応に一瞬戸惑いを覚えた。彼女はいつもこうだ。感情をうまく表に出せないだけだと分かっていても、やはり言葉に詰まる。

〇〇:「最近、元気なさそうに見えるから…気になって。」

彼は少しずつ彼女との距離を詰めたかったが、彼女はいつも淡々とした反応を見せるだけだった。視線を落とし、窓の外を見つめる美羽。その表情は冷たく無表情で、まるで心の奥底に何か重たいものを抱えているかのようだった。

美羽:「……私、大丈夫。」

その声は小さく、そして乾いていた。〇〇は彼女が本当は大丈夫ではないと感じながらも、どうすればいいのか分からなかった。

沈黙が二人の間を支配する。その沈黙は、〇〇にとっては重く苦しいものだったが、美羽にとっては日常の一部だったのかもしれない。彼女の無表情の裏にはどれほどの感情が隠れているのだろう。そう考えると、彼女がさらに遠くに感じられた。

〇〇:「……美羽、君は本当に大丈夫なの?」

その問いには、彼女の心を掴もうとする必死さが込められていた。彼は彼女を救いたかった。だが、その願いが彼女に届くことは、果たしてあるのだろうか。

美羽は少しの間黙った後、小さな声で呟いた。

美羽:「……〇〇、どうして私のこと気にかけてくれるの?」

突然の質問に、〇〇は少し戸惑った。美羽は誰かに自分の内面を問われることに慣れていないようだった。それが彼女の警戒心を強めていることは、彼にも分かった。

〇〇:「……君が気になるんだよ。いつも一人でいるし、何か悩んでるんじゃないかって思って。」

美羽は再び窓の外に目を向け、少しの間、風が吹き抜ける音だけが響いた。そして彼女は、小さく囁くように言った。

美羽:「……私、感情をうまく表せないの。自分でも、どうしてこうなってしまったのか分からないけど、誰かに何かを感じさせるのが怖いんだ。だから、いつも無表情でいる方が楽。」

その言葉に〇〇は言葉を失った。彼女は自分の中に多くのものを抱え込み、誰にも見せないようにしている。その姿が、彼にはあまりにも痛々しく映った。

〇〇:「……そんなこと、ないよ。君が何を感じているのか、知りたいって思う人だっている。僕だってその一人だ。」

美羽は驚いたように〇〇を見た。彼女の瞳には、初めてほんの少しだけ感情の色が浮かんでいるようだった。それは不安と驚きが混じり合った表情だった。

美羽:「……本当に、私なんかに興味を持つの?」

その問いかけには、彼女自身が信じられないという気持ちが滲んでいた。自分に価値がないと思っているような、美羽の言葉が〇〇の胸を締め付けた。

〇〇:「君にしかないものがあるよ。感情を表に出さなくても、君が感じていることは僕に少しずつ伝わってくる。だから、焦らなくてもいい。無理に変わらなくても、僕は君を知りたい。」

その言葉を聞いた美羽は、ふっと息を吐いた。彼女の瞳にはほんの少しだけ、弱々しい光が灯った。彼女の中で何かが揺れ動いているのが、〇〇にも伝わってきた。

美羽:「……ありがとう。でも、私、自分のことが分からなくなることがあるんだ。どうしてこんなに不安になるのか、どうして感情を出せないのか、自分でも分からない。」

彼女の言葉は、まるで宙に浮かんで消えていくような儚さを持っていた。〇〇はそんな彼女の不安を少しでも取り除きたくて、言葉を紡ぐ。

〇〇:「それでもいいんだ。君がどう感じているのか、少しずつでも教えてくれれば、それで僕は嬉しいよ。急がなくても、ゆっくりでいいからさ。」

その言葉に、美羽はかすかに微笑んだ。それは、〇〇が初めて目にする、彼女の本当の笑顔だった。まだ不安定で、今にも消えてしまいそうな儚いものだったが、確かにそこにあった。

美羽:「……私、こんな風に話したの、初めてかもしれない。」

その言葉を聞いて、〇〇の胸には温かい感情が広がった。彼女の心に少しでも触れることができた。それは、〇〇にとって大きな一歩だった。

美羽:「ありがとう、〇〇。私、まだ自分のことよく分からないけど、君がこうしてそばにいてくれること、少しだけ安心する。」

彼女の声は、以前の冷たさとは違っていた。柔らかく、温かいものが感じられた。二人の間にあった距離は、少しずつだが確実に縮まっていくように思えた。

〇〇:「僕はいつでも君のそばにいるよ。だから、無理しないで。少しずつ、自分のペースで進めばいい。」

その言葉に、美羽は静かに頷いた。そして、再び窓の外を見つめる。その瞳には、かつての冷たさはなく、少しだけ前を向こうとする意志が宿っていた。

彼女の心はまだ完全には開かれていない。それでも、〇〇は彼女が少しずつ変わっていく瞬間を見逃さないよう、そばにいることを決めていた。

届かない声を抱きしめて、彼は静かに待ち続ける。

その声がいつか届くことを信じて。

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